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史郎は体の右側を下にして横になっていた。
嗅ぎ慣れた自分の匂い。薄暗い部屋。頭上の窓。踏切の音。
ここは、彼女と過ごした寝室だ。
しばらく微睡んでいると、寝室の扉がゆっくりと開かれていく気配を感じた。
梨絵が来たのだ。
いつもなら、床に就くのは史郎の方が遅いはずだった。史郎は就寝の支度が済んでからも、できるだけリビングで時間を潰す。絵梨が痺れを切らして先に寝るのを待つために。
だが、今日は違っていた。理由はわからないが、史郎の方が先にベッドに入っていた。余程疲れていたのだろうか。眠気なんて、絵梨が寝室に入って来たことで吹き飛んでしまったけれど。
衣擦れの音がする。絵梨はシルクのパジャマを愛用しているから、音は微かなものだった。背後で掛け布団が捲られる。ぎし、とベッドが軋んだ。
絵梨はベッドの上に腰掛けたまま、しばらく動かなかった。
史郎に何か声を掛けようとして、躊躇っているのか。できればそのまま寝てほしい。「起きてる?」なんて訊かないでほしい。
絵梨がマットレスに手をついて、こちらに身を乗り出した。史郎は急いで目を瞑る。わざと小さく寝息を立てて、自分は寝ているのだとアピールする。
彼女は史郎の寝たふりに気が付いただろう。
頭上から気配が引いた。諦めてくれたのか、と史郎の胸に期待が過る。
絵梨は少しの間を空けて、史郎の耳元に口を寄せた。
耳朶に吐息を感じる。
絵梨は大きく口を開けて。
「――死んじまえよ、てめぇなんか」
と、言った。




