第3話:地味な指示と、剣士の本領
森の奥へ進むにつれ、空気が少しずつ変わっていくのを感じた。
「この辺りから、薬草が多い」
俺がそう言うと、セリスは足を止めて周囲を見渡す。
「根拠は?」
「地面の湿り方と、風の流れ。あと――足跡」
しゃがみ込み、土の上を指差す。
「小型魔物が行き来してる。薬草を食べに来てるんだろう」
セリスは一瞬だけ目を細め、それから小さく息を吐いた。
「……本当に、よく見てる」
その声には、警戒ではなく、純粋な感心が混じっていた。
「ミレイナ、ここで薬草を。
カイゼル、周囲を頼む」
「了解」
自然と役割が決まる。
誰も異を唱えない。
ミレイナは膝をつき、丁寧に薬草を摘み始めた。
その様子を見ながら、俺は周囲に意識を集中させる。
――来る。
「二時方向。少し大きめ。
たぶん、群れのボス格だ」
言い終えるより早く、低い唸り声が森に響いた。
現れたのは、通常より一回り大きい森狼。
鋭い牙と、無駄のない動き。
「私が行く」
セリスが一歩前に出る。
「正面からは避けて。
あれ、右後ろ脚に古傷がある。踏み込みが甘い」
セリスは一瞬だけ俺を見ると、無言で頷いた。
――信じてくれている。
その事実が、胸の奥に静かに落ちた。
「ミレイナ、回復はまだいい。
魔力、温存して」
「は、はい……!」
森狼が飛びかかる。
「今!」
俺の声と同時に、セリスがわずかに体をずらす。
狼の爪が空を切り、重心が崩れた。
「左!」
剣が閃く。
無駄のない一撃。
だが、それで終わらない。
狼は踏ん張り、再び牙を剥く。
「もう一歩、踏み込める。
恐れないで」
――その言葉に、セリスの動きが変わった。
まるで、何かが外れたように。
これまでどこか抑えていた力が、解き放たれる。
剣筋が、明らかに速い。
一閃。
森狼は、そのまま地面に伏した。
静寂。
「……終わった?」
ミレイナが恐る恐る顔を上げる。
「終わった」
セリスは剣を下ろし、深く息を吐いた。
そして、ゆっくりと俺を振り返る。
「今の……
あなたが言わなかったら、踏み込めなかった」
近い。
さっきより、ずっと。
「怖くなかった?」
「……少し」
正直な答えだった。
「でも、不思議と……
あなたの声は、怖くなかった」
胸の奥が、きゅっと締め付けられる。
「それに」
セリスは、ほんのわずかに口元を緩めた。
「戦っていて、楽しかった」
その笑みは、戦闘中の鋭さとは違って、
ひどく無防備で。
「セ、セリスさん……!」
ミレイナが慌てて駆け寄ってくる。
「怪我は……あっ、大丈夫ですね。
でも、少しだけ……」
そう言って、彼女は回復魔法をかける。
淡い光が、セリスの腕を包んだ。
「ありがとう」
「い、いえ……!」
ミレイナは照れたように視線を逸らし、
それから、俺をちらりと見る。
「カイゼルさんも……無事で、よかったです」
その言葉に、なぜか胸が温かくなる。
薬草採取は、その後も順調だった。
予定量を集め終え、森を出る頃には、日が少し傾いていた。
「今日は……いい依頼だった」
帰り道、セリスがぽつりと言う。
「うん。安心して作業できました……」
二人の背中を見ながら、俺は思う。
ここでは、
俺は“いていい”存在なんだと。
追放された居場所の代わりに、
もっと静かで、温かな場所を――
俺は、見つけ始めているのかもしれない。




