第1話:追放された俺は、何も言わずに去った
それは、あまりにも簡単な言葉だった。
「――今日限りで、お前はパーティを抜けろ」
酒場の奥、冒険者ギルドの簡易会議室。
向かいに座る勇者アーク・ブレイゼンは、視線すら合わせず、そう言い切った。
俺――カイゼル・ルーフェンは、一瞬だけ瞬きをしたが、すぐに理解した。
ああ、これは“相談”じゃない。“決定事項”なんだと。
「理由、聞いてもいいか?」
できるだけ、感情を乗せないように言ったつもりだった。
だが返ってきたのは、あからさまに苛立った声だった。
「前に出ない。目立たない。地味。正直、戦力になってない」
隣にいた魔導士のルドが、ため息まじりに頷く。
「補助だの索敵だの……そんなの誰でもできるだろ。俺たちには火力が必要なんだよ」
前衛のゴルドも、腕を組んだまま鼻を鳴らした。
――ああ、そうか。
俺はようやく腑に落ちた。
彼らは“俺がいなくなった後”のことを、何一つ考えていない。
戦闘前に敵の配置を読むのも。
魔力消費を計算して戦闘順を組むのも。
装備の相性を整えるのも。
全部、俺が勝手にやっていたことだ。
だから彼らは、「最初からそうだった」と勘違いしている。
「分かった」
俺は立ち上がり、静かに答えた。
予想外だったのだろう。
アークが初めて顔を上げ、眉をひそめた。
「……引き止めないぞ?」
「しないでくれ。これ以上、迷惑をかけたくない」
本心だった。
ここにいても、俺は“不要な存在”でしかない。
荷物は少なかった。
もともと、俺は最低限の装備しか持たされていなかったから。
扉を開ける直前、背後からルドの声が飛んできた。
「あとで後悔しても知らないからな」
俺は振り返らなかった。
後悔するのは、たぶん――俺じゃない。
⸻
夜のギルドは、昼間よりも静かだった。
掲示板の前で立ち止まり、無意識に依頼書を眺める。
だが、どれも“パーティ向け”のものばかりだ。
「……一人か」
口に出して、ようやく実感が湧いた。
これからどうする?
野営? 臨時の仕事?
考えがまとまらないまま、背後から控えめな声がかかる。
「……あの」
振り向くと、そこに立っていたのは一人の女剣士だった。
銀色の短髪。
切れ長の目。
年は俺とそう変わらないだろうに、纏う雰囲気は研ぎ澄まされている。
「あなた、さっき……追放されてましたよね」
直球だった。
だが、不思議と嫌な感じはしなかった。
「……まあ、そうなるな」
「なら」
女剣士は一瞬だけ視線を逸らし、それから真っ直ぐに俺を見た。
「うちのパーティに、来ませんか」
思考が止まる。
「人手が足りなくて。……それに」
彼女は、ほんの少しだけ困ったように言った。
「あなた、さっきの話を聞いていて……
“何もしてない人”には、見えなかった」
胸の奥が、わずかに揺れた。
評価されたいわけじゃない。
認められたいわけでもない。
ただ――
誰かが、ちゃんと見ていた。
「……名前を聞いてもいいか?」
「セリスティア・ノーヴァル。セリスでいい」
差し出された手は、少しだけ硬かった。
俺は、その手を取る。
「カイゼルだ。……役に立つかは、分からないけど」
セリスは、はっきりと首を振った。
「それは、私が決めます」
その言葉に、なぜか――
追放されたはずの心が、少しだけ軽くなった。
この出会いが、
俺の運命を大きく変えることを、
まだ俺は知らなかった。




