最終話 悪役令嬢は、舞台を降りた
国外追放の馬車は、思ったよりも揺れなかった。
窓の外に広がるのは、王都とは違う、静かな景色。
整えられていない道。
けれど、息が詰まらない空気。
「……やっと、終わりましたわね」
誰に聞かせるでもなく、そう呟く。
悪役令嬢。
婚約者。
嫌われ役。
すべて、王都に置いてきた。
***
追放先は、隣国との境に近い小さな街だった。
「こちらが、今後お住まいになる屋敷です」
案内役の男性が、丁寧に頭を下げる。
粗末ではない。
むしろ、十分すぎるほどだ。
――当然だ。
私は、何も考えずに追放されたわけではない。
名義を変え、
資金を分け、
人脈を繋ぎ。
断罪される“その後”の準備を、
私はずっと前から終えていた。
「これで、自由ですわ」
誰に遠慮することもなく、
誰かの尻拭いをすることもなく。
私は、私として生きられる。
***
数か月後。
この街の税収は安定し、
物流は改善され、
人々の暮らしは、少しずつ楽になっていた。
「アリアンナ様のおかげです」
「本当に、助かっています」
そう言われるたび、私は微笑む。
評価は、
欲しがる場所で得られなくてもいい。
理解してくれる人がいる場所で、
正しく生きられれば、それで十分だ。
***
ある日、王都から噂が届いた。
王太子は政務に追われ、
ヒロインは居場所を失い、
かつての“物語”は、誰も語らなくなったと。
私は、何も思わなかった。
同情も、憎しみも、ない。
ただ――
もう、私の物語ではない。
***
夕暮れの中、窓を開ける。
風が、心地よく頬を撫でた。
私はもう、舞台に立たない。
拍手も、罵声も、必要ない。
悪役令嬢の役目は、終わった。
そして今、
一人の女として、
一人の人間として。
私は、ここから人生を始める。
――静かで、確かで、
誰にも奪われない物語を。
完




