第4話 それでは、さようなら
断罪の場は、思っていたよりも静かだった。
大広間に集められた貴族たち。
ひそひそと交わされる囁き声。
そして――正面に立つ、王太子。
「アリアンナ・ヴェルディ公爵令嬢」
名前を呼ばれて、一歩前に出る。
背筋を伸ばし、視線を上げる。
震えはない。
涙も、ない。
この日のために、私は三年を使った。
「貴女は、平民出身のリュシア嬢を虐げ、王太子殿下の名誉を傷つけ――」
よく知っている台詞だ。
物語通り。
予定調和。
私は、口を挟まない。
弁明をすれば、
“往生際の悪い悪役”になるだけだ。
「……以上の理由により、婚約は破棄。
そして国外追放とする」
一瞬、空気が張り詰めた。
――終わった。
「異議はありますか」
形式的な問い。
「いいえ」
私は、静かに答えた。
その声に、貴族たちがざわめく。
王太子が、わずかに目を見開いた。
彼は、私が泣くと思っていたのだろう。
縋ると。
助けを求めると。
けれど。
私は、彼を見て微笑んだ。
「殿下」
「……な、何だ」
「どうか、国をお大事になさってくださいませ」
それだけ言って、深く一礼する。
忠告でも、皮肉でもない。
本心だった。
私はもう、この国の人間ではない。
***
大広間を出るとき、
背後で誰かが小さく声を上げた。
「……待って」
リュシアだった。
迷いと、不安と、
少しの罪悪感を滲ませた瞳。
「本当に……何も言わないんですか?」
私は立ち止まり、振り返る。
「言う必要がありませんもの」
「でも……!」
「あなたは、あなたの正しさを選びました」
それは責めている言葉ではない。
ただの事実。
「私は、私の正しさを選びました」
リュシアは、何も言えなくなる。
王太子は、こちらを見ていなかった。
視線は、床に落ちている。
――逃げるように。
それでいい。
***
馬車に乗り込み、扉が閉まる。
ガタン、と音がして、
王都が遠ざかり始めた。
私は、窓の外を見ながら小さく息を吐く。
「……終わりましたわね」
役割は、果たした。
悪役令嬢としての人生は、
今日で終わり。
あとは――
誰にも縛られない、
私自身の物語を生きるだけ。
王都の塔が見えなくなった、そのとき。
私は初めて、
ほんの少しだけ、笑った。




