第3話 私は、何も知らなかった
――王太子視点――
正直に言えば、面倒だった。
政務も、貴族の思惑も、国の財政も。
どれも難しくて、重たくて、正解が分からない。
だから私は、アリアンナに任せていた。
「殿下、こちらは来月分の支出計画です」
「うん、君に任せるよ」
それが当然だと思っていた。
彼女は有能で、冷静で、感情に流されない。
――少し、冷たすぎるくらいだが。
***
リュシアと出会ってから、空気が変わった。
「殿下、困っている人がいるんです」
「そうか……君は優しいね」
彼女の言葉は、簡単で、分かりやすくて、心地いい。
正義。
善意。
救済。
それは、考えなくていい答えだった。
気づけば私は、
“難しいこと”をすべてアリアンナに押し付け、
“気持ちのいい言葉”をリュシアと共有していた。
「最近、アリアンナは冷たいですね」
「……そうだね」
その一言に、深く考えず頷いた。
考えなかった。
考えたくなかった。
***
断罪の日が近づく。
「本当に、やるのですか?」
重臣の問いに、私は曖昧に答えた。
「国民の支持もありますし……」
「それに、リュシアも傷ついています」
――それが、免罪符だと思っていた。
アリアンナが何をしてきたのか。
彼女がどれだけ裏で調整していたのか。
私は、
知らなかったのではない。
知ろうとしなかった。
***
そして、断罪の前日。
執務室で、書類の山を前に立ち尽くす。
「……これは?」
補佐官が、青ざめた顔で告げる。
「アリアンナ様が担当されていた業務一覧です」
財政調整。
貴族間の利害整理。
支援金の穴埋め。
感情論で動いた政策の後始末。
――私が、目を背けていたすべて。
「殿下……明日以降、これを誰が?」
答えられなかった。
胸の奥に、初めて、嫌な汗が滲む。
***
翌日。
断罪の場に、アリアンナは立っていた。
泣きもせず、弁明もせず、
まっすぐ前を見て。
その姿を見たとき。
私は、初めて理解した。
――彼女は、私の代わりに、
ずっと“王太子”をやっていたのだと。
遅すぎた。
彼女を失ってから、
私は、すべてを背負うことになる。
そして知る。
優しさは、責任を取って初めて、意味を持つのだと。
だが。
もう、彼女はいない。




