第2話 私は、正しいことをしているはずなのに
――リュシア視点――
どうして、こんなことになるのだろう。
「リュシア、君は本当に優しいね」
王太子殿下は、いつもそう言って微笑んでくれる。
そのたびに、胸があたたかくなった。
私はただ、困っている人を助けたいだけなのに。
***
「リュシア様、ありがとうございます!」
平民の女性が、涙ぐみながら私の手を握る。
家族が病気で、薬代が払えない。
だから私は、殿下の名を借りて支援を約束した。
「気にしないで。困ったときは、お互いさまだもの」
そう言うと、周りの人たちが感動したように見つめてくる。
――いいことをした。
私はそう思った。
けれど、その日の夜。
「……またですか」
低く、冷たい声。
振り向くと、そこにはアリアンナ様が立っていた。
完璧に整えられた姿。
感情を感じさせない瞳。
「支援金の出どころ、確認なさいました?」
「え……?」
「王家の予算は、無限ではありませんわ」
責められているようで、胸がちくりと痛む。
「で、でも……困っている方だったんです」
「存じています」
彼女は静かに頷いた。
「だからこそ、正式な手続きを踏むべきでした」
その言葉は正しい。
正しい、はずなのに。
どうしてこんなに、冷たく聞こえるのだろう。
「アリアンナ様は、いつもそうです……」
思わず、口からこぼれた。
「数字とか、規則とか……人の心がないみたい」
一瞬だけ、彼女の指が止まった。
けれど、すぐにまた書類へと視線を戻す。
「心があるからこそ、現実を見るのです」
その声は、怒ってもいなかった。
ただ、淡々としていた。
***
数日後。
噂が、私の耳にも入ってきた。
「アリアンナ様、殿下に冷たいらしいわ」
「リュシア様をいじめてるって……」
違う。
いじめてなんか、いない。
でも――
彼女の視線を思い出すと、胸がざわつく。
まるで、
私が“何か大切なもの”を壊していると知っているみたいで。
(私は、間違ってない……よね?)
私は優しい。
私は正しい。
だって、殿下も、みんなも、そう言ってくれる。
それなのに。
どうして、アリアンナ様の背中が、
あんなにも孤独に見えたのだろう。
***
三日後。
彼女が断罪されると聞いた。
胸の奥が、少しだけ、ざわりとする。
(これで……いいのよね)
私はヒロイン。
物語は、私の味方のはず。
――そう、信じていた。
このときは、まだ。




