8 私、先生が好き
正門で待っていたランは、案の定、大事な話があるんです、と金色の大きな瞳をさらに大きくした。
学校前の下り坂。
並木のクスの葉に雨が降り注ぎ、騒々しい。
歩道を打つ雨脚もいよいよ激しくなってきた。
いたるところで歩道の上を水が勢いよく流れている。
正門まで戻って、待機中のタクシーに乗ろうかと思うが、学生と一緒だと、それもはばかられる。
追い越そうとしたタクシーが急停止した。
おっ、メイメイ。
乗ってく? というように手招きしてくれる。
が、ランは、いえいえ、というように手を振り返し、拝む仕草で謝意を表した。
ちょっと怪訝な顔を見せたメイメイ。
彼女を乗せたタクシーは水しぶきを上げて坂道を走り下っていった。
やれやれ。
乗せてもらえばいいものを。
そもそもランとメイメイ。
同じ学年、同じ学科、同じゼミ。
共に俺が顧問を務める競馬サークルR&Hの部員。
にもかかわらず、親しくはなさそう。
女の子同士の関係性は、中年男の俺にはわからない。
絶対にそこに介入するような態度を見せてはならない。
今のように、メイメイが差し出した手をランが振り払おうと。
「ミリッサ先生、だいぶ前に、授業で雑談したでしょ」
と、歩き出したラン。
「神の存在は信じないけど、妖怪はいると思うって」
意表を突くランの質問に、思わず身構えた。
「ああ、言った、と思う」
実は、失言だったと後悔している。
神を信じるかどうかは個人の問題。
そこに教師たるもの、言及してよいはずがない。しかも、断言してしまったことに。
大学から注意を受けること、必然。
「それ、今も変わりません?」
答えに詰まる。
ランがクスリと笑った。
「あれを聞いて、私、先生が好きになった」




