5 プロローグ 五 着ぐるみ
売店で買っておいた冷めた串カツにかぶりついたその時。
先生!
大変!
先輩が!
早く!
エスカレーターを駆け下り、連絡通路を走り抜けて駆けつけると、階段の下に人だかり。
すでに警戒線は敷かれてあるが、なにしろ日曜の京都競馬場。
第五レースメイクデビューのパドックがまだ始まらない、昼休み。
野次馬が群がっていた。
いわゆるVIPエントランスと呼ばれる、馬主専用エレベーターのある受付ドアの手前、あまり使われることのない階段。
そのすぐ下。
インターロッキング敷きの青黒い地面に、大きく派手な着ぐるみが横たわっていた。
その頭部はすでに外され、女性の顔が覗いていた。
動かない。
地面に広がる黒い髪。
競馬場詰めの警察官と多数の警備員に混じって、医務室の女性看護師ひとり。
傍らに転がるAED。
救急車のサイレンはまだ遠い。
「下がってください!」
その声に逆らって、講師は警戒線を超えた。
着ぐるみ。
競馬場で毎週のように見かける、傾聴財団マスコット。
その中に入っているのは、教え子、のはず。
「通してくれ! 知り合いだ!」
足が震えた。
ああ……。
もう……。
樹脂コーティングされた細いステンレスワイヤーが喰い込んでいた。
愛しい教え子の首に。
「先生……」
次々に学生たちが警戒線を超え、集まってきた。
抱き合う者。
涙をこらえる者。
まだ温かい遺体にすがりつこうとする者……。
「なんで……」
「先輩……」
「どういうこと……」
横たわった着ぐるみ。
体長約二メートル。
戦闘員的なフォルムのコスチューム。
エレメントとして、女性っぽいアイコンがちりばめてある。リボンや花、蝶やハート形。
アクロバティックなアクションで、いつもイベント会場を盛り上げているマスコット。
今、ただの布袋に戻って、息のない女性を力なく包むのみ。
看護師が周囲に大声で呼びかけていた。
だれか、脱がせられる人、いませんか!
心肺蘇生、したいです!




