32 フクロウも片目で馬たちを見た
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世では、独居老人の自殺と、絞殺事件の頻発が話題になっておるそうじゃ。
ワレはワレ。
関心なぞない。
倭の国が体をなして以来、数千年の長きにわたり戦に明け暮れ、ようやく数百年ほどの安寧があったかと思うと、またぞろ戦争にのめりこんだ。
今は太平じゃが、だからこそ、年寄りが何人死んだとか、また人が絞め殺されたとか、そんな話に熱が帯びる。
今、ワレが見ておれと言われているこの連中。
まったく平凡な若造ら。
特別でもなんでもない。
力もなければ、謎もない。
殺される理由も、殺す理由もなかろうに。
つまらぬ。
なぜ、こんな仕事が。
や、また増えたぞ。
この女子だけは、気に入っておるがな。
名だけ。
風雨香。
雅な名じゃ。
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第二レースのパドック。
「ごめんなさい。遅くなった。どう? 調子は?」
若草色のポニーテールをピョンピョンと左右に揺らしながら現れたフウカは、額に汗を滲ませている。
「みごと的中?」
「ムリムリ。あんな無茶苦茶なレース」
「あれ、着替えた?」
「それに、お化粧、ちょっと濃いめ」
などと、学生たちはヒヤリとするようなことも、平気で言う。
確かに。
いつもセンスのいい黒っぽい服装でドレッシーだが、今日は特に。
「先生、おはようございます。どうでした? 札束は?」
「フウカは一攫千金、狙ってる?」
「たまにはね!」
フウカはふっくらした愛らしい頬をすぼめた。
キウイが思ったより酸っぱかった時のように微笑んでみせる。
以前の肥満はすっかり影を潜め、頬にのみその名残を見せる。
美人の部類に入るし背も高いので、ハルニナやランと同じように目立つ方だが、今、パドックの周りに集まった人々の関心は別のところにある。
目の前を歩く馬。
立派な馬体の持ち主が興奮し、厩務員を引き摺らんばかりに走り出そうとしている。
それに、先ほどのレースが大荒れとなり、その余韻も残っている。一体いくらの配当が付くのかと、電光掲示板にくぎ付けになっている者も多い。
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馬の中にはワレの姿を認めて、恐れるやつもいる。
ワレはこんな繊細すぎる獣に興味はないし、人気筋とやらが総崩れになろうと知ったことじゃない。
誰も知らぬだろうが。
あやつら以外には。
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「ハルニナ先輩って、どうしていつも消えるかな」
ジンがパドックのフェンスを、無料配布のレーシングプログラムでバシリと叩いた。
「せっかく競馬場に来てるのに、参加するのはいつもちょっとだけ。合宿にも来ないし。意味わからないし」
「今日の目標利益出たからじゃない?」
「えっ、今の的中したとか?」
「馬単だったみたい」
「ええっ、それって大大万馬券! 十二番人気、十八番人気の順だよ!」
ここで言っておこう。
「あいつの口癖。馬が教えてくれる。俺の教えに忠実だからな」
「そんなあ!」
フウカは、「さすがよね」とハルニナを称えてから、バッグから真っ白なフクロウを取り出し、起動させて肩に乗せた。
これもペットロボット。
持ち主の体躯にふさわしくペットもでかい。
パドックを見つめる主人に倣って、フクロウも片目で馬たちを見た。




