325 心が柔らかくない
「ちょっと、違うと思うな」
と、今度は左手から声がした。
ハルニナが手すりに腕を置いている。
「フウカ。あなたがミリッサ先生をどう思ってたか、知ってるよ」
フウカは、どこか遠くを見るようにハルニナに目を向けた。
「私たち、先生とランと私と、どんな結論になったか、言いましょうか」
ハルニナもまた、同じような眼でフウカを見返している。
「でも、その前に」
二年生の時、三年生の時、単位取得が苦手な私、フウカと一緒の授業に出てたよね。
だから、知ってる。
あなたが、ミリッサを見つめていたことを。
特別な目で。
スキスキビーム、ゲージマックス。
私自身、ちょっと複雑な気持ちでね、そんなあなたを見てた。
でもね。
この人、そういうことには鈍感なのよ。
というか、講師だからって勝手に壁を作って、閉じこもって、頓珍漢な想像をしてるのよ。
まるで、でんでんむし。
ちょっと触れただけで、殻に引っ込んじゃう。
全然、分かっちゃいない人、の典型。
あなたがサークルの部長になって、ミリッサと近い存在になっても、この人はそういうこと、つまり女の気持ちとかに全く気がつかない人。
心が柔らかくない。
でもね、フウカ。
今が最後の時よ。
最大のチャンスよ。
あなたが、ちゃんと、すべてのことを、すべての気持ちをこの人に伝えることができるのは。
こんな素敵な場所で。
大勢の人の前で。
さっき、忘れられないために、って言ったでしょ。
何を、忘れられたくないのかな。
その本音の部分はなに?
これって、本当は、私が言うことじゃなく、ミリッサ自身が言わなくちゃいけないこと。
でも、きっと、言えないと思うのよね。
さっきみたいなこと、つまりあなたの想いみたいなことを聞いてしまったら。
余計にね。
そういうことに、その場でベストな反応ができる人じゃないから。
そんな都合のいい人じゃないから。
心がオープンじゃないから。
あなたもよくよく知ってる通り。
だから、私が言ってる。
「フウカ、今の話に嘘はないと思う。でも、ほんの少しごまかしがあるよね。語りつくせてないよね。もう、言える? まだ? もうちょっと私が話してなきゃいけない?」
私たちの推理が当たってるといいなと思うけど。
それほど、外してないよ。きっと。
私の口から聞きたい?
フウカの目が、また俺を捉えた。
一見、無関心とも見える目。
感情を必死で隠した目。
やがて。
「そうですね。きちんとお話しするべきでした。どんなに恥ずかしくても」
どう、恥ずかしいのか。
もう聞きたいとは思わなかった。
ハルニナが言ったように。
どうせ俺は心が柔らかくない。
もう。
もう、いいじゃないか。
しかし、フウカは話そうとしている。
ヤマガラが二羽。
フウカの前に降り立ち、小首を傾げた。
聞きたいよ、とでもいうように。




