313 もう一人の証人
オロチが自ら襖を開け、入ってきた。
今日は、いつになく、巨大な蛇の姿。
以前、あいだみちで威嚇していた時の体格。
黒い胴回りは大人のアスリートの太腿ほどもある。
長さ四、五メートルほど。
目は煌々とし、二股に分かれた赤い舌をデロデロと出し入れしている。
オロチは、サルには見向きもせず、ヨウドウの後ろを音もなく滑る。
ぐるりと回ってランの後ろ、部屋の隅にとぐろを巻いた。
頭を下げ、畳に顎をつけた。
「オロチ殿は、俺にとり憑いたその咎により、蟄居を命じられている。紅焔山の祠で。アンジェリナが殺されたすぐそばで。期間は九十九年。しかし、お館様の許しを得て、出てきてもらった」
オロチがクワッと口を開けた。
至近距離のその口の巨大さに肝を冷やすが、俺にはもうなじみさえある。
さすがのフウカも、手の届く位置にあるオロチの口から逃れるように、アイボリーの方ににじり寄った。
「じゃ、話してくれるか。あんたが見たこと、為したこと」
「かしこまった」
「今の声も、みんな、聞こえたな?」
ほとんどの者が頷いた。
「フウカは?」
「聞こえました」
その声はやや震えていた。
オレは。
と、オロチが話し出す。
アンジェリナという娘を助けられなかったことが、今なお、悔やんでも悔やみきれぬ。
目と鼻の先に娘がいて、女に絞め殺されようとしているというのに、情けなや、オレは眠っておった。
気が付いた時には娘の息はなかった。
オレは女の後をつけた。あいだみちを通って。
仇討ちするために。
しかし妖の身。あいだみちで人を殺めることはできぬ。
しかもあいだみちを通るということは、ただ人ではない。
女に直接憑くことはできぬ。狂い殺すことはできぬ。
こちらが見えておるし、強い精神を持っておる。
女の上司に憑くこともできたが、女はその上司を避けておった。
同僚の女に憑くこともできたが、女にはな、性分として気が進まぬ。
女がアンジェリナにしたように、首を絞めて殺めねば、仇討ちにならぬと考えた。
その方法も考えねばならん。
機を待たねば。
やがてオレは知った。
娘を殺した女の名を。
仇を討つ以上、そいつのことを知っていることが、そいつの全人格含めて抹殺することになる。
名は特に重要。
女の名を知ったことによって、オレの仇討の決意はますます固まった。
七日ごとに、京都競馬場で、女はここにおわすミリッサ殿と顔を合わす。
実は、ミリッサ殿には見覚えもあった。
そこで貴殿に憑いたのだ。
さすれば、仇討ち、機会がいずれ来ると考えたのだ。
ある日、オレはミリッサ殿と親しい女子に声をかけられた。
緑色の制服を着た女子。
そう。そこにおわすルリイア殿。
なぜ、ミリッサ殿に憑いておるのかと問われた。
まさか仇討とは申せぬ。
ミリッサ殿をお守りするためだと答えた。
ルリイア殿は納得されたのかどうか、競走馬を怖がらせないでね、うろうろされるのは困る、と申されただけだった。
だが、なかなか、この女、殺す機会がない。
オレの姿が見えておるし、他にもオレの姿が見えている者が必ず周りにいる。
ルリイア殿はじめ、ここにご参集の方々が。
いつもそばに。
ショウジョウ殿までもが。
邪魔をされるのは困る。
目的を果たさず、オレが罰を受け、封となれば、まさに無駄死に。
娘に合わせる顔がない。
オレは待った。
一年や二年、待つことには慣れている。




