表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

314/333

313 もう一人の証人

 オロチが自ら襖を開け、入ってきた。


 今日は、いつになく、巨大な蛇の姿。

 以前、あいだみちで威嚇していた時の体格。

 黒い胴回りは大人のアスリートの太腿ほどもある。

 長さ四、五メートルほど。

 目は煌々とし、二股に分かれた赤い舌をデロデロと出し入れしている。


 オロチは、サルには見向きもせず、ヨウドウの後ろを音もなく滑る。

 ぐるりと回ってランの後ろ、部屋の隅にとぐろを巻いた。

 頭を下げ、畳に顎をつけた。



「オロチ殿は、俺にとり憑いたその咎により、蟄居を命じられている。紅焔山の祠で。アンジェリナが殺されたすぐそばで。期間は九十九年。しかし、お館様の許しを得て、出てきてもらった」



 オロチがクワッと口を開けた。

 至近距離のその口の巨大さに肝を冷やすが、俺にはもうなじみさえある。

 さすがのフウカも、手の届く位置にあるオロチの口から逃れるように、アイボリーの方ににじり寄った。



「じゃ、話してくれるか。あんたが見たこと、為したこと」

「かしこまった」


「今の声も、みんな、聞こえたな?」

 ほとんどの者が頷いた。

「フウカは?」

「聞こえました」

 その声はやや震えていた。



 オレは。

 と、オロチが話し出す。




 アンジェリナという娘を助けられなかったことが、今なお、悔やんでも悔やみきれぬ。

 目と鼻の先に娘がいて、女に絞め殺されようとしているというのに、情けなや、オレは眠っておった。


 気が付いた時には娘の息はなかった。

 オレは女の後をつけた。あいだみちを通って。

 仇討ちするために。


 しかし妖の身。あいだみちで人をあやめることはできぬ。

 しかもあいだみちを通るということは、ただ人ではない。


 女に直接憑くことはできぬ。狂い殺すことはできぬ。

 こちらが見えておるし、強い精神を持っておる。

 女の上司に憑くこともできたが、女はその上司を避けておった。

 同僚の女に憑くこともできたが、女にはな、性分として気が進まぬ。


 女がアンジェリナにしたように、首を絞めてあやめねば、仇討ちにならぬと考えた。

 その方法も考えねばならん。

 機を待たねば。


 やがてオレは知った。

 娘を殺した女の名を。

 仇を討つ以上、そいつのことを知っていることが、そいつの全人格含めて抹殺することになる。

 名は特に重要。

 女の名を知ったことによって、オレの仇討の決意はますます固まった。



 七日ごとに、京都競馬場で、女はここにおわすミリッサ殿と顔を合わす。

 実は、ミリッサ殿には見覚えもあった。

 そこで貴殿に憑いたのだ。

 さすれば、仇討ち、機会がいずれ来ると考えたのだ。


 ある日、オレはミリッサ殿と親しい女子おなごに声をかけられた。

 緑色の制服を着た女子。

 そう。そこにおわすルリイア殿。


 なぜ、ミリッサ殿に憑いておるのかと問われた。

 まさか仇討とは申せぬ。

 ミリッサ殿をお守りするためだと答えた。

 ルリイア殿は納得されたのかどうか、競走馬を怖がらせないでね、うろうろされるのは困る、と申されただけだった。



 だが、なかなか、この女、殺す機会がない。

 オレの姿が見えておるし、他にもオレの姿が見えている者が必ず周りにいる。


 ルリイア殿はじめ、ここにご参集の方々が。

 いつもそばに。


 ショウジョウ殿までもが。


 邪魔をされるのは困る。

 目的を果たさず、オレが罰を受け、封となれば、まさに無駄死に。

 娘に合わせる顔がない。


 オレは待った。

 一年や二年、待つことには慣れている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ