311 人と妖怪が、だよ
「ここで、蛇の話をしよう」
なぜ、俺に蛇妖怪がとり憑いたのか。
オロチ。
あいつの目的は何だったのか。
ストレートに言おう。
あいつはアンジェリナに心を寄せていた。
しかし、あろうことか、オロチの目の前で、アンジェリナはノーウェに絞め殺された。
オロチは誓った。
復讐。
自分によくしてくれたアンジェリナの首を絞めて殺害したノーウェに。
仇討ち。
その発端というかプロセスというか、過去の出来事は割愛するよ。
まあ、数年前のハイキングに遡る、とだけ言っておく。
ジーオやハルニナも参加したあの六甲山ハイキング。
なぜ、ノーウェがアンジェリナを殺したのか、それは謎のまま。
二人とも死んでしまって、確かな事実は見えてこない。
どうでもいいとは言わないが、ノーウェの逆恨み、とだけ言っておこう。
それはともかく。
ノーウェに仇を討つ機会を待つために、俺にとり憑いていたオロチ。
そのチャンスが巡ってきたんだ。
ルリイアがオロチと話している。
つまり、利害が一致したルリイアとオロチが結託して、というパターンが浮かび上がった。
俺の胸の中で。
ルリイアがオロチに声をかけたのは、ウロチョロするな、つまり、競走馬を興奮させるな、という注意だった。
でも、いつしかルリイアと蛇は親しくなり、身の上話をする仲になり。
ルリイアはノーウェへの恨みつらみを蛇にぶちまけ。
オロチの方も、ノーウェへの憎しみをさらに募らせ。
それなら、と二人。
ノーウェが着ぐるみを着ることになる、そのチャンスを逃さず、と作戦を立て。
簡単な作戦だ。
エスコート役のルリイアが忘れ物をしたと、階段の上でノーウェを一人残す。
そこへ、オロチが襲いかかる。
いたってシンプル。
いたって簡単。
どう?
あり得ない?
ルリイアとオロチが以前から親しかったという情報はない。
競馬場で出会ったルリイアと蛇妖怪が打ち解けあって、互いの利害が一致することに気づき、信用しあって、段取りを決めて、ことに及ぶ。
どう?
どう思う?
人と妖が、だよ。
しかも、こう言っちゃオロチに悪いが、大ヘビだよ。
どう?
いくらなんでも。
伝奇小説じゃあるまいし。
俺は、これも違うと思った。
こんな前提に立った推理なんて。
子供だまし以下。
却下。
ルリイアの関与は排除したい。
ただ、オロチ。
常に俺の背中にいたんじゃない。
俺の体を拠点としつつも、辺りをうろついていたんだ。
その日も、ノーウェの姿を追って、つけていったに違いない。
まさに、そのチャンスが訪れたんだ。
ルリイアの関与は必要ない。
ノーウェが一人、階段の上で立っている。
今だ!
オロチは襲い掛かった。
上の階段から。
「これが、実態その一だ」
誰からも、声はない。
唯一、ジンが、蛇妖怪が、と呟いたのみ。
納得したのだろうか。
納得してほしいが、納得されきってしまっても困る。
「どう?」
促しても、反応はなし。
それはそうだろう。
人ではなく、妖が犯人でしたと言われて、すんなり、あ、なるほど、というわけにはいかない。
「あちこち飛んで悪いが、アンジェリナの件に焦点を当てよう」
証言者殿、準備はいいかな。




