29 トカゲって言うな
ジョッキー総出演の第一レース。
先ほどまでとは一変した、気合を入れた馬の行列。
「あーあ、悩むよねえ。パドック見ても全然わからないし」
「うん。でもそこが競馬の面白いところ」
「面白い? そう? わからないことが?」
「ちがう?」
「はぁ。最近、どんどん面倒になってきてるかも、予想」
ジンが本気でそう思っているわけではない。
ミャー・ランとのいつものじゃれ合い。
「んなこと言って。あんた、予想なんて前からしてないし」
「うわ、失礼なんだー」
と、ランの肩を叩いたジン。
栗毛色の長い髪を緩く編み込みにし、いつも白いキャップをかぶっている。
自分をボクと呼び、少年のような言葉づかいが混じる、初々しい元気印の娘。
授業では少し的を外した質問を投げてくる。
「ほら、また、トカゲに聞いてる」
とまた、ミャー・ランにからかわれている。
「トカゲって言うなって言ってるだろ!」
「三四郎」
「そう」
「で、そのトカゲはなんて言ってる?」
「もーお!」
水色に黒いストライプの入ったトカゲ。
光沢のある体長二十センチほど爬虫類がジンの二の腕に貼り付いている。
ジンのマスコット。大流行しているペットロボット。
そのトカゲが、首をくいっと捻って、ミャー・ランを睨んだ。
ペットロボット、人によって好みは千差万別。
犬やコアラといったノーマルなものから、昆虫型も人気はあるし、怪談ものやナメクジといったものまである。
アニメ可愛いものから、本物かと見まがうリアルなものまで。
元はと言えば、独居老人や入院中の子供たちの話し相手として開発されたものだ。それが今や、日本の女の子にとって最大の関心事。
「ボクは十一番のゴールドボートが固いと思うな。逃げ切ると思う。ニジニシキの差しは届かないと見た」
トカゲの三四郎が、ジンとよく似た少年の声で予想を披露した。
競馬予想ソフトがインストールされているわけではない。
ロボットの価格帯によって大きく性能は異なるが、人と概ね同じように考え、同じようにふるまえる。
世界中の人工知能の最先端は、日本の女性向けマスコットロボットに集約されているといってもよい。




