303 そんなのは、計画、とは言わない
それでだ。
今度はルリイアと目を交わした。
ルリイアはすぐに目を落としたが、そこに戸惑いや驚きはない。
パクチー汁を飲んでPHではなくなったからといって、記憶がなくなるわけではない。
「虐められていたのはアイボリーだけじゃない」
ルリイアもそう。
ヨウドウ、ルリイアを覚えてるか?
ヨウドウは、ルリイアに顔を向け、こくりと頷いた。
「JRA職員」
「そう。京都競馬場勤務。ちょっと、解説しておこう」
ルリイアが担う仕事の中に、各種イベントの世話係というものが含まれる。
世話係とはいっても、そもそも競馬場側は場所を貸すだけ。
ただ、競馬場の備品も一部使うし、設備も使う。いわば、その貸出窓口ってわけだ。
もちろん、もっと大切な仕事、イベント会社が、時間や場所や、騒音やごみ処理など、契約に沿った内容通りに実施しているかどうか、監視する役目もあるだろう。
ところが、ノーウェからすれば、アイボリー同様、ルリイアも大学の後輩。
しかも競馬サークルの後輩でもある。
まるで、出来の悪い自分の部下のように、命令するわ、叱責するわ、罵倒するわで、イベントのアルバイトからも奇異の目で見られていた。
それだけじゃない。
その彼女たちにも、ノーウェはひどい言葉を投げつけていたんだ。
業を煮やしたその被害者たち。
アイボリーが嘘の遅刻をして、ノーウェがやむなくケイキちゃんを着るように仕向け、その大変さを思い知らせよう。そんな企画が持ち上がった。
その内緒の企てを知っていたのは、アイボリーとアルバイト数名、そしてルリイア、その上司アサツリ。
その画策はまんまと嵌った。
ノーウェはケイキちゃんの着ぐるみを着ることになったんだ。
で、あの事故。
警察は、各方面に事情を聴いた。
俺も、知ってることを話せと言われた。
この中にも、事情聴取を経験した人がいるだろう。
しかし、事故として決着。
階段を踏み外して落下。
当たり所悪く、着ぐるみ内部のワイヤーが外れ、首を絞めつけた。
窒息死。
警察は着ぐるみを没収し、入念に調べた。
どこにも故意の痕跡は発見されなかったということだろう。
「この話はいったんここまで。まだ、情報収集の段階が続く」
並行して俺たちは、ジンが中心になって、事故現場とされるスタッフオンリーのエリアとその周辺の情況を理解しようとした。
聞き込みと防犯カメラの映像をつぶさに見ることによって。
当然、そこに何らかのヒントがあるはず、と考えたからだ。
結果はルリイアの証言と完全に一致する。
おかしな点は何もない。
不審な人物も通らない。
注目すべきことは、なにもない。
となれば、状況からみて、ルリイアにも、より強いスポットが当たる。
階段のすぐ横にノーウェを残し、控室に戻り、キーを返しに行き、と数分間、ノーウェを危険な場所に立たせておいた。
これをどう捉えるか。
ノーウェが自分一人で行こうとして足を踏み外すことに期待したのか?
でもな。
そんなのは、計画、とは言わないよな。
なにか、違う意図、予定、見込み? があったのでは、と勘繰りたくなるよな。
「ルリイア、なにか、言いたいこと、ある?」
「えっ、特にないですけど」
授業で当てられた時のように、ルリイアの顔にいくぶん朱が差した。
依然、下を向いたまま。
とはいえ、無理に無表情を作っている顔ではない。
ルリイアにとって、あの時の自分の行動に疑いの目が向けられることは織り込み済み。
刑事の詰問さえ受けたはずだ。
「ところで」
ここでまた話題を変えた。




