300 お酒はいかがいたしましょう
リハビリを始めたスペーシアを看護師に託し、一同、部屋に落ち着いた。
昨夜泊めてもらった座敷。
板戸が開け放たれ、庭園越しに遠く、三段紅葉の山脈が見える。
空気が澄み、山肌の印影がくっきりしている。
「うわあ、素敵なお部屋!」
人数分の膳が並べられ、朝食が用意されていた。
給仕役の狐が二人。かしこまって待ってくれていた。
至れり尽くせりである。
ヨウドウが唸った。
「こりゃ、ご馳走だ」
「イセエビにイクラ。これって、アワビ? 前にいつ食べたか、覚えてない。というか、食べたことなかったりして」
と、ジン。
さて、どう始めるべきか。
「みんな、時間の方はいいのか? ヨウドウ、どうだ?」
「全然構わない。有休とった。風呂にも入りたいぞ。さっき、聞いた。洞窟温泉」
「厚かましいぞ」
「冗談だよ」
「ジーオは?」
「私も大丈夫です。最後までお付き合いします」
だれも、時間を急ぐ者はいない。
「じゃ、ご馳走、頂いてから話そうか」
もちろん、食べながらしていい話ではない。
話す内容、順番に確たるものはない。
話すと決めているのは、極めて自信のない結論。
そして、PHのことは伏せておく、の二点のみ。
PHのことを話せないのは、ストーリー上かなりの制約にはなる。
話を端折ってしまう部分も大いにある。
ただ、こうして館に来たからには妖怪のことは制限なし。
と言っても、これも話せないというのではお話にならないのだが。
膳は、二列に並べられてあった。
奥の列の中ほどに俺は陣取った。
正面、つまりもう一つの列の中央にヨウドウ。
「どこに座ればいい?」
「サークルの掟。上下の関係なし。好きなところへ」
俺の右隣にハルニナ。その隣にメイメイ、左隣にラン、そしてルリイア。
ヨウドウを挟んでアイボリーとジン。
アイボリーの隣にはジーオとフウカ。ジンの隣にガリという、見事にばらばらな着座順となった。
「では、いただきましょう」
ランの声で豪華な朝食が始まった。
狐たちが動き始める。
ご飯をよそい、みそ汁が配られる。
「お酒は、いかがいたしましょう」
ほろ酔いで話せる内容ではない。
しかも、朝食だ。
が、
「いいのか?」
ヨウドウは俄然その気。
「先生。どうぞどうぞ」
「ではでは。この素晴らしい料理。酒を飲まぬはもったいない」
どうもったいないのかわからないが、それはそれでいいのだろう。
さすがに他には誰も、私も、とは言わなかった。
アイボリーが酌をしてやっている。
おう、とヨウドウはご満悦だ。
「お父さんにお酌するって、何年ぶり?」
「そうだな。どうだ、オマエも一献。めちゃくちゃ旨いぞ、このお酒」
「うん。でも、やめとく」




