表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

299/333

298 娘ごよ そなた、悩みがあるじゃろう

 ここに連れて来られてからのことも、よく覚えてる。

 恐ろしかった。

 怖かった。

 それに、腹も立っていた。

 なぜ私が、こんなところに、って。


 きっと、介抱してくださった人たちにもひどいことを言ったと思う。

 悪いのは私なのに。

 自分のせいなのに。

 それを棚に上げて、怖さと怒りでめちゃくちゃなことを言ってたと思う。

 ほんとうに、謝りたい。


 そんな私に、イラついたり邪険にしたりすることもなく、本当によくしてくださった。

 お医者様も看護師の方も。お館様も、そしてランも。


 昨日、私は丸一日中、眠ってた。

 眠りながら、考えてた。


 もう、いい加減、自分は変わらなきゃ。

 変って、謝らなきゃ。

 変わって、なにか、できるなら、恩返しをしなくちゃ。



 お館様が言ってらした。


 娘ごよ。

 ワレはそなたに詫びねばならぬ。

 大怪我をさせてしまったこと、本当に申し訳なかった。

 許してほしい。


 謝らねばならぬワレの方から願いごとをするのは筋が通らぬが、そなたに怪我をさせた者を許してやってほしい。

 あやつはすっかりしょげこんでおる。

 元気になった暁に、あやつ、獅子に会って、言ってやってはくれまいか。

 なんでもない、気にしておらぬ、と。



 私が頷くと、お館様は微笑まれて、こうおっしゃった。


 娘ごよ。

 そなた、悩みがあるじゃろう。

 どんな悩みか知らぬが、ひとつ、教えて進ぜよう。


 自分の心の中にあるものを、言葉として、声にして表現する。

 誰かを傷つける言葉でない限り。


 目の前にあるものを素直に受け取る。

 それが現実なら、目を背けず、逃げたりせず。


 そして努力する。


 悩みが解決すればそれでよし。

 解決せずとも、解決しようと努めること自体、そしてその前進の過程、これが尊いのじゃ。

 時として、その結果よりも。



 今朝も来てくださった。

 お館様は、なにか呪文のような言葉を唱えてくださり、尻尾で撫でてくださった。


 もうすぐ、そなたの愛しい人たちがここへ足を運んでくれる。

 この館へとな。

 うらやましい限りじゃ。


 と、おっしゃりながら。




 スペーシアはもう泣いてはいなかった。


「私、努力する。だから」


 代わりにジンが涙声になっていた。


「ボクも努力する。もうちょっと、みんなの役に立つように」

「私、怪我をして、ここに連れてこられて、本当に、本当によかったと思う」

「うん……」

「お館様もそうだけど、みんなにも、先生にも、本当に感謝してる。私にぶつかった誰かさんにも。ああ、早く会ってみたい」



 看護師が入ってきた。

 もう、先ほどの完璧な人間の姿ではない。

 狐だとわかる、そんな姿だった。


 ヨウドウもジンも、恐れる風でも驚く風でもない。

 ありがとうございます、もうしばらくスペーシアをよろしくお願いします、と頭を下げた。


 看護師は、フウカが差し出した菓子折りを、これは妖らしく、ニコリとして受け取った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ