298 娘ごよ そなた、悩みがあるじゃろう
ここに連れて来られてからのことも、よく覚えてる。
恐ろしかった。
怖かった。
それに、腹も立っていた。
なぜ私が、こんなところに、って。
きっと、介抱してくださった人たちにもひどいことを言ったと思う。
悪いのは私なのに。
自分のせいなのに。
それを棚に上げて、怖さと怒りでめちゃくちゃなことを言ってたと思う。
ほんとうに、謝りたい。
そんな私に、イラついたり邪険にしたりすることもなく、本当によくしてくださった。
お医者様も看護師の方も。お館様も、そしてランも。
昨日、私は丸一日中、眠ってた。
眠りながら、考えてた。
もう、いい加減、自分は変わらなきゃ。
変って、謝らなきゃ。
変わって、なにか、できるなら、恩返しをしなくちゃ。
お館様が言ってらした。
娘ごよ。
ワレはそなたに詫びねばならぬ。
大怪我をさせてしまったこと、本当に申し訳なかった。
許してほしい。
謝らねばならぬワレの方から願いごとをするのは筋が通らぬが、そなたに怪我をさせた者を許してやってほしい。
あやつはすっかりしょげこんでおる。
元気になった暁に、あやつ、獅子に会って、言ってやってはくれまいか。
なんでもない、気にしておらぬ、と。
私が頷くと、お館様は微笑まれて、こうおっしゃった。
娘ごよ。
そなた、悩みがあるじゃろう。
どんな悩みか知らぬが、ひとつ、教えて進ぜよう。
自分の心の中にあるものを、言葉として、声にして表現する。
誰かを傷つける言葉でない限り。
目の前にあるものを素直に受け取る。
それが現実なら、目を背けず、逃げたりせず。
そして努力する。
悩みが解決すればそれでよし。
解決せずとも、解決しようと努めること自体、そしてその前進の過程、これが尊いのじゃ。
時として、その結果よりも。
今朝も来てくださった。
お館様は、なにか呪文のような言葉を唱えてくださり、尻尾で撫でてくださった。
もうすぐ、そなたの愛しい人たちがここへ足を運んでくれる。
この館へとな。
うらやましい限りじゃ。
と、おっしゃりながら。
スペーシアはもう泣いてはいなかった。
「私、努力する。だから」
代わりにジンが涙声になっていた。
「ボクも努力する。もうちょっと、みんなの役に立つように」
「私、怪我をして、ここに連れてこられて、本当に、本当によかったと思う」
「うん……」
「お館様もそうだけど、みんなにも、先生にも、本当に感謝してる。私にぶつかった誰かさんにも。ああ、早く会ってみたい」
看護師が入ってきた。
もう、先ほどの完璧な人間の姿ではない。
狐だとわかる、そんな姿だった。
ヨウドウもジンも、恐れる風でも驚く風でもない。
ありがとうございます、もうしばらくスペーシアをよろしくお願いします、と頭を下げた。
看護師は、フウカが差し出した菓子折りを、これは妖らしく、ニコリとして受け取った。




