14 さっさと通り過ぎるが習わし
若者が大勢出入りする賑やかなビルの横。陰気な路地があった。
それと言われなければ、見落としてしまう細い路地。
いや、路地でさえない。ビルとビルの単なる隙間。
側溝を通すだけの狭い空間。
雨に濡れ黒光りする溝蓋が滑りそうだ。
もちろん妖怪ランは、全く危なげない。
ビルの壁に肩を擦らないよう注意しながら進むと、別のビルの壁に突き当たり、左に折れる。
数十歩進むと今度は右に。
その先。
まさに崩れ落ちそうな木造の建物があった。
ビルに挟まれた信じられないほど狭い谷底。
打ち捨てられたその建物は、それでもビルにもたれかかったりせず、かろうじて建っていた。
かつては連棟形式の長屋だったのだろう。
しかし今は、両側の部屋が取り壊され、奇妙に縦長の小屋となっている。間口二間半ばかり。
すでに陽は落ち、古色蒼然としたその家は、それが纏う木の板、トタン板も色あせ、黒ずみ、いたるところ破れて中の土くれも零れ落ちていた。
屋根はと言えば、何度かの台風、あるいはビル風で飛ばされたのか、瓦はずれ、雑草さえはびこっている。
その玄関、引き戸の横に、インタフォンの代わりか、竹筒が突き出ていた。
近づくラン。
何事かを、竹筒の中に告げている。
そして、どんな躊躇も見せず、がらりと戸を開け放つと、足を踏み入れた。
奥行き一間ほどの玄関土間。
モルタルが割れ、土が見えている。
カマドウマが跳ねた。
こんなところに生き延びていたのか、と場違いな驚きを持った。
土間の左手には造り付けの木製棚が設えられてあり、もう何十年も履かれたことはないと見える埃にまみれた靴が三足。
右手には、十姉妹の飼育箱が積み上げてあった。
金網は錆びて破れ、幾つかの箱はひしゃげて、今にも全体が崩れ落ちそう。
もちろん、鳥はいない。
十姉妹の箱だと見えたのは、ジュウシマツと書かれた木札が架かっていたからにすぎない。
正面、沓脱石の上、奥行き四十五センチほどの敷板、そして障子が視界を遮っていた。
障子はこの空間に似つかわしくなく、破れもシミも見られず、昨日張り替えられたかのようだった。
ランはこれも躊躇なく開け放つ。
と、狭い三畳の間。
ぐっと暗い。
しかし、ランにはしっかり見えているのだろう。
なにしろ、猫の妖怪。
すんなりそう思ってしまう自分に驚きながら、後に続いた。
「靴のままで」
「おう」
三畳の玄関和室の奥の襖も開け放つ。
その先には……。
あっ、と思わず小さな悲鳴を上げた。
てっきり、六畳ほどの真っ暗な和室だと思っていたが、違った。
すでに、もう外だった。
いくら何でも、こんなに奥行きのない建物ではなかったはず。
しかし、目の前は。
庭……、か?
縁を踏んでランがその庭に降り立つ。
奇妙だぞ。
いいのか? ここに出て。
うっそうと木々が茂り、もうすでに濃い夜の気配。
木など、なかったはずだが……。
いくら何でも、奇妙すぎるぞ……。
ランが手招きした。
早く降りてこいと。
別世界の入り口……。
ワープゲート……。
違いない。
庭の奥行きは広く、というより、先は見えない。
小径が奥へ奥へと、さらなる暗闇に続いている。
「急いで」
「お、お、う……」
「ここはさっさと通り過ぎるが習わし」
覚悟を決めた。
ここまで来たのだ。
ランを信じる。
さっき、信じないでどうする、と考えたばかりではないか……。
「この先に、会うべき人がいるんだな」
「そいうこと」




