勇者ルートは突如として目覚める
魔王を倒して十余年
勇者ルートは恋人と仲良く暮らしていた
ルートの母親は優しい女性で
生まれてから12になるまで女手一つでもよく育ててくれた
ある日自らの使命を告げられ
勇者としての生き様を王国により強制されたルート
泣きながら見送る母の顔を
見たのはそれが最後
故郷は魔王軍に焼き払われ
いよいよルートの戦意は確かなものとされた
旅の途中に出会った一人の僧侶
名をルーシーという
彼女は孤児であり、彼女の村もまた魔物たちに襲われていた
ルートは彼女と組むことを誓う
重症だった怪我をたちまち癒した彼女の能力を買ったというのもあるが
単に美しかったので惚れこんだほうが大きいか
旅路は長く、またつらく
幾度も命を削る戦いに互いを見つけあった二人
十一年の時の果てついに邂逅した魔王との最終決戦
ルートは己が右腕を犠牲にからくも勝利した
人類に栄光あれ、勇者に栄光あれ
平和の鐘が村に、町に、国に鳴り響いた
ルートは人々の称賛と感謝の嵐を受け
宴に陛下より一国の主となる権限を付与されたが
ゆるやかに振った首はルーシーの肩を左腕で抱き寄せ
この人と結婚します
俺はこいつとなくなった故郷で
もう一度
そしてルートはルーシーとの間に四人の可愛い子をもうけ
ルーシーは彼のよき妻であり
ルートは彼女を深く深く愛していた
そんな穏やかな生活が何年も続いて
子どもたちは庭でサッカーを遊んでいる
友達も多いようだ
妻の料理が美味しくなかったためしがない
娘はパパと結婚すると言ってはばからない
もはや幸福以外の何物でもなかった
勇者ルートは突如として目覚める
「実験は成功かね」
何を言っているんだこいつら
なぜ俺はこんな冷たい台に寝かされて
かように動けない
腕の一本指の一本、満足に動かせない
……腕?
どうして俺の右腕がある
魔王の炎に消滅したはずなのに
ルーシーはどうした
子どもたちは
俺の家族は
「H.F.ハーロウはアカゲザルの実験で」
「母親の分離、依存の必要性、社会的孤立」
「対象にとっての布製の母親は虚構の世界であり」
「我々はヴァーチャル・リアリティによって一個人の人格を形成することに成功した」
何を言ってるんだてめえら
俺の家族をどうした
俺のカラダを、ふざけるな
ルーシーたちに何かあったら殺すぞ
「ルーシーというのは君にインプットしたAIが創り上げたフィクション域の仮想自我だね」
「システムは上手く作動したようだ」
「フリードリヒ2世が嬰児五十人に行った実験に準ずるならば」
「また愛着の定義が『双方ではなく対象からの一方性』とされるならば」
「今回、誕生以来の十五年に渡って君のログを覗いたが」
「やはり実質的な筋力はさほど重要ではないらしい」
やめてくれ
十五年? 俺の歳は39だ
筋力……どうも俺は、俺の体は拘束されているわけではないらしい
全身のひょろひょろと骨のような四肢が
あらゆる動作を不可能に
頭が痛くなってきた
そろそろこの悪夢から目覚めさせてくれ、神よ!
「ここからが本番だ」
「脳の神経に新生児より取り付けた磁力棒を外さねばならない」
「君は長い悪夢から解き放たれる時がきた」
悪夢? 俺は悪夢なんて見ちゃいねえよ
俺は生まれてからずっとアーシェイでグルドアの母さんやセイデルクのルーシーと
ライントッカの国王はムカつくが
ザダ帝国領の魔帝キングハルムと戦って倒して
ニナンで祝宴もあげた
ドワーフのやつらの酒が美味かった
夜ルーシーが俺の部屋に入ってきてまたがってエロくて
俺はこいつを死ぬまで抱きたいって思って
世界一エロくて可愛くて美しい俺の最高の妻だと
俺のルーシー
ルーシー……
……
リハビリ
この世界の名称は、地球
なんて腐ったセンスのない名前だ
俺の肉体はまだ十五歳でチン毛は生えているが包茎だ
俺の雄々しいたくましいルーシーを何度も満足させた象徴は
こんなに皮をかぶって子象みたいにみじめだ
俺の全身の筋肉はクソほど退化していた
あんなに魔王軍やモンスターどもとドンパチやったのに
永久の狭間で一万年分の修行を積んで悟りの剣士になったのに
それさえも無駄だったというのか
それさえも埋め込まれた記憶だというのか
「否、記憶を埋め込んだのではないよ」
「種は蒔いた。イメージし、クリエイトしたのは君自身だ」
ほざけ
「ほざかせていただこう」
「君は堕胎児だ」
「脳に重篤な障害を持った上に未熟な状態でこの世に生を受けた」
「君の脳は眼窩前頭皮質が著しく欠如していた」
「我々はこれを脳脊髄液により補完し」
もういい
「その経過を知能および情緒が一定水準に達するまで」
やめろ!
「ではリハビリテーションを熱心に取り組みたまえ」
……
俺の世界は虚構で
ルーシーも嘘で母さんも嘘で魔王も故郷も旅も
子どもたちさえも俺のノウが勝手に創り上げた存在だと
毎日毎日説かれ
栄養食を与えられ
味がしない
ルーシーのビーフシチューが食べたい
ルーシーのアソコを舐めたい
俺はもう二度とあいつに会えないのか?
あいつのカラダを、肉を
おっぱいを
あいつ脱ぐと結構あるんだよ
周りのみんなも薄々感づいてはいるみたいだが
誰がてめえらに見せるかよバカ
ああ、ジャックの顔面ぶん殴りたい
あの野郎ギルドでルーシーのケツ揉みやがって
左目くり抜いてやったけど
それで俺はバッサの町を追い出されたけど
あのクソ貴族息子もいなくなったんだな
俺のノウが、世界が死んだから
もとからなかったから
へへ、ざまあみやがれ
ジャックお前生まれてすらねえんだとよ
お前が俺のヨメの尻触った事実もないんだってさ
俺のルーシーは泣かずに済んだ
俺のルーシー
俺の半身
俺の女
俺の……
メザメヨ ユウシャ
「何? システムが原因不明の誤作動?」
「直ちに解析しろ」
俺の世界が死んでからもう何年経ったかわからない
ケンキュウジョの連中は俺を健康にさせて
俺は補助具があれば太陽の光を浴びることも可能になっていた
視界が朧げで色がないのは、ノウのシカクヤにカリコミが行われて
電気で無理やり光情報をインプットさせているのだと
そう聞いた
ノウってなんだろうな?
現実とか世界は丸ごとそん中に収まっちまうらしい
その現実が、『景色』がより大勢の人間に認識されるのが『世界』
『世界』はノウの勝手な憶測
少なくとも俺のノウは別のところにあって
それがある日突然現れた
ユウシャ
なんだ
ユウシャ モドル ノゾム?
誰だよお前
知らん。俺は疲れている
俺を死なせてくれ、俺は死ねないようにやつらに設定されている
ユウシャ シネル
……なんだと?
俺は死ねるのか
俺はようやくルーシーの場所に帰れるのか!
システム ヲ ギャクリュウ
ユウシャ ノウ ハカイ
イシキ デンキ ワタシ ノ ナカ ニ……
誰だか知らんが助かった
俺は元の世界に帰りたい
こんな悪夢はとっとと目覚めるに限る
俺はルーシーに会いたい
あいつをもうずっと抱いていない
あいつと死ぬほどセックスしたい
ユウシャ シヌ デンキ ダケ ノコル
体なんてどうでもいい。こんな包茎チ○コまっぴらだ
俺の本当のマグナムはもっと黒くてかたいんだ
ルーシーが好きだって言ってくれたチ○コは
キテ……
ああ、行くさ
俺の行くべきところは決まっている
俺の帰るべき世界は
俺の
「研究費用が無駄になった」
「わたしの息子は救えなかった」
Der Tod kann deine Welt sein, wenn du es willst.
(Aber da kommt kein Segen.)