海軍大将エル・ゼナ
「一つ!艦は自らの家と思い、隅々まで大事にすべし!」
「一つ!船員は運命共同体であり、互いを大切にするべし!」
「一つ!言行に恥じることなく、万民の手本となるべし!」
220メートルの戦艦であるメリオスの前甲板に整列した海兵たちが声高に訓示を叫ぶ。
彼らの視線の先にいるのは艦隊司令官であるエル・ゼナ大将。
海風にマントをはためかせながら、艦の主砲である三十六センチ三連装砲の砲身の上に絶妙なバランス感覚で彼女は立っている。
海風に微動だにしないその風格はまさに女帝であり、無数の戦歴を裏付ける勲章が陽光に煌めいている。
「一つ!至誠に反することなく、誠実に任を務めるべし!」
「一つ!努力を惜しまず、ただただ鍛錬に励むべし!」
「一つ!大海の戦は大艦巨砲を以て臨むべし!」
「よろしい」
月一の訓示を終え、エルが甲板に飛び降りる。
5メートルはある高さから平然と着地すると、再び口を開く。
「総員に当艦隊の任務を伝える。
当艦隊は交易路の治安維持に向けて、トーセイ海峡を抜けて西のウルスラ海へと進む。
航路の途上でモンスターに遭遇する可能性があるが、可能な限り戦闘を回避しろ」
高圧的な口調で任務の内容を伝達するエル。
紺色の髪の女性士官が手を挙げる。
「閣下、よろしいでしょうか?」
「発言を許可する、忌憚なく述べよ」
女性士官ことティレル・ギヨーム少尉の発言を許可する。
「は、戦闘の回避でありますが、交易船がモンスターと遭遇する可能性を考えると発見次第に討伐するべきだと思います、そうなさらない理由は何でしょうか?」
「弾薬の消費を抑えるためだ」
ティレルの問いに簡潔に答える。
「先日行われた会議にて、「モンスターとの戦闘における弾薬の消費量が多すぎる」との意見が海軍省内で出た。
現場を知らない連中の意見だが、先日の戦闘結果では大型の飛空竜を1体仕留めるために対空射撃で1000以上発も使用した事実は変わらない。
妾としては、国益を守るためならばあらゆるコストを惜しむべきではないと考えてはいるが、海軍省にとっては看過できない結果らしい。
故に海軍省からの対策案が出るまで、当艦隊はモンスターとの交戦は防衛戦闘や民間人の救助等の必要最低限に留めよとのことだ」
「承知しました」
提督の言葉を了承する。
「報告、前方に飛空竜種らしき!」
途端に伝達されるモンスター発見の報せ。
双眼鏡を構えると二メートルほどの『小型』の飛空竜種に属する蒼竜、ヴォルセンが群れを成してこちらに向かってくる。
蒼い体の二足二翼のワイバーン型。
小さな体躯である故にレーダーで捉えられることができず、海兵を悩ませている。
「総員、配置に付け。対空戦闘用意!」
艦長に代わり船員に下命、対空機関砲等の持ち場に付くクルーたちをよそに、エルは艦首に向かうと腰に刷いた軍刀を引き抜く。
夜空を切り取ったような美しい黒い刃。
「撃ち方はじめ!」
軍刀を振り下ろし、射撃を命令。
艦前方に配備された対空兵器が轟音を立てて稼働する。
空を翔けて迫る飛空竜に向けて放たれる鋼鉄の暴風。
連装対空機関銃から放たれた20mmの弾丸と単装機関砲から撃たれた40mmの砲弾がヴォルセンの体を砕き、次々と海に落としてゆく。
「1体、来ます!」
弾幕を潜り抜けってきた1体がエル目掛けて飛来。
鋭い脚爪を突き立てようと足を前に出す。
「切り込み戦闘備え!」
艦上戦闘の号令を出すと、左手でリボルバー拳銃を引き抜き発砲。
45口径の大口径の拳銃から放たれた弾丸はモンスターの赤い右目を撃ち抜く。
ダメージでモンスターがバランスを崩したところで軍刀を振り下ろして切り裂く。
頑丈なモンスターの素材を使っているだけあってその刃の切れ味はすさまじく、ヴォルセンはエルの後方に二つに分かれて堕ちる。
「周囲を警戒。モンスターは翼を切り取り、残りは海へ投棄しろ」
軍刀を鞘に納め、艦内へと戻る。
一時間ほどして機動艦隊の旗艦である空母がウルスラ海へと動き、エル・ゼナの指揮する戦艦隊もそれを守る配置で任地へと向かう。