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最終話:神話へ

 ラグナロクから2カ月。アルカディア軍は故郷に戻っていた。大けがをした3人は予定より早くリハビリを開始している。あと1カ月程で戦線に復帰できるというのが医者の見立てだ。さすが百戦錬磨の軍人たちだ。アーレスとペルセウスは、また任務に戻っている。

 そしてソールは……


「ソール!」

 アンドラが研究所にやってきた。腕には1歳になった子供を抱えている。

「おお、ずいぶん大きくなったなあ」

 ソールは作業の手を止めて子供の頭をなでた。きゃっきゃっと無邪気に笑う。

「研究は進んでいるの?」

「ああ、サンギルドシステムを私生活に普及させる目処が付いてきたよ」

 ソールがニカッと笑った。憑きものがとれたような晴れやかな笑顔だ。

「それにしてもあれから2カ月か……大変だったね」

「ああ」

 ソールはラグナロクのことを記憶から引っ張り出した――


 フェニックスからコックピットもろとも脱出したソールは、ワルハラの近くに落下した。コックピットは、地上激突の直前にブースターを逆噴射して致命的なダメージを避けたのだ。さすがアポロンの設計というほかはない。

 ヨルムンガンドは撃墜されたニーズホッグもろとも行方不明だ。おそらく爆発に巻き込まれて死んだのだろう。あの高度では生きている可能性などゼロだから、未帰還扱いとなっている。

 ロキはフレスヴェルグのそばで遺体となっているのが発見された。その死に顔は、なぜかやすらかだったという。亡き恋人とあの世で再会できるだろうことを楽しみにしていたのかもしれない。

 そしてフェンリルは予想外の行動に出ていた。ペガサスとの激闘の後、スコルをワルハラ宮殿付近に不時着させ、宮殿に乗り込んできた。その後、錯乱状態のオーディンと、抑えようとしている部下たちを見つけた。

「閣下、落ち着いてください!」

「うるさい! すべてのミサイルを発射してアスガルドの敵を皆殺しにしてやる!!」

バルムンクを発射した後、発狂してしまったのだ。フェンリルはそっとオーディンにしのびよった。柱の陰まできた瞬間、オーディンののど元に短剣を突き刺した。

「ぐっ!!」

 のどから血しぶきをとばしたオーディンは、床にドン、と倒れてそのまま動かなかった。

「侵入者だ!!」

直後、フェンリルは護衛の兵に囲まれ、剣でめった斬りにされた。満身創痍でワルハラ宮殿を逃げ出し、数人の兵が崖まで追い詰めた後、フェンリルは海に飛び込んだという。遺体は確認できていないが、助からないだろう。

 ヴクブ・カメーとグールヴェイグの残党も、すでにこの世にはいない。グールヴェイグはパイロット3人の死亡と未帰還を確認した後、逃亡しようとしたヴクブ・カメーを殺害した。そしてクルー全員はニブルヘイムにある基地を爆発し、事実上自害したのだ。

 グールヴェイグがアスガルドに奇襲した時から、テュルフング・ミサイルで危機的状況になり、アスガルドの主だった政治家が皆死んだ。この一連の出来事を、ロキの言葉から取り「ラグナロク」と呼ぶようになった。


 ソールは整備兵から完全に足を洗い、サンギルドシステムの研究に没頭し始めた。軍事目的より、生活の中で太陽のエネルギーを使えるようにしようと思ったのだ。今はアルカディアの研究室の一つを借りて、イシュタムと一緒に研究をしている。

 そして、もう一つの使命にも着手している。それは、アレクサンドリアを旅立った時からの記録を、専属の記者の力を借りて作ろうとしているのだ。このソールの記録が語り継がれ、後生において、ギリシア、マヤ、北欧の「神話」になっていくことになる――。


「ソール」

 アンドラの声で現実に呼び戻された。

「この子たちの未来は明るいかな?」

 腕に抱いている子供を指した。アンドラに抱かれてすやすやと眠っている。

「大丈夫、後生の人たちはやってくれるよ。俺たちの過ちを伝えていけば、科学技術とうまく付き合う文明を作ってくれるさ」




化石燃料による温暖化、自動化を盲目的に進める科学技術、未だ廃絶できない核兵器……21世紀の今、私たちはソールの想いに応えられているだろうか――?



END


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