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炎の巨人・ムスペル

 防衛作戦が始まり4日たった。シフトはアルカディア軍とアスガルド軍が交互になるように組まれている。ちょうど今、空域の防衛からアーレスが帰ってきたところだ。

グールヴェイグは何も仕掛けてこない。かといって、機密事項ということでニブルヘイムやヴァナヘイムとの交渉の進捗は教えてもらえない。本当に攻撃してくるか疑問がある状態での守りというのは、ある種のストレスが生じる。

 このまま有事に到らず、撤収できればよいのだが……。


《緊急事態! 緊急事態!》

 何事もなく終わればよいという淡い期待は、見事に打ち砕かれた。

「やっぱりおいでなすったか」

 ソールは舌打ちした。ロキとヴクブ・カメーの冷笑が脳裏に浮かぶ。しかし、次の報告を聞いてソールは首を傾げた。

《沿岸部の沖合から未確認の物体10体が接近中! その他、3体の高熱反応!》

「どういうことだ?」

 グールヴェイグの戦闘機はニーズホッグ、スコル、ハティ、フレスヴェルグの4機のはず。数が全く合わない。

「モニターで確認できるか?」

 ハーデスが誰ともなしに言った。すると、沖合から接近する物体が確認できた。

「…何だこれ?」

 映ったのは、人間の頭のような物体10体だった。その他、人間の頭と腕一対が見える。

「ソール! こいつら……」

 ペルセウスがソールに向いて言った。見覚えがある。シバルバーで戦ったシパクナーとカブラカンにそっくりだ。

「ヴクブ・カメーが造ったようだな」

 あの狂科学者め、やっぱりろくなことをしない。

「なあ、この前の戦闘機が確認できないぞ。まさか、この敵の中にいないのか?」

「どうする? 全員で行くか?」

「待て」

 出て行こうとするメンバーを、ポセイドンが止めた。

「今回の襲撃は前座のようだ。全員で出撃して消耗したら本番で戦えない」

 ポセイドンは立ち上がると、ハーデスとアルテミスに目配せをした。2人ともうなずいた。

「アルカディア軍は沿岸部防衛のヒュドラ、ケルベロス、セイレーンで迎撃する。空域担当の3人は待機してくれ」


 アスガルドの沿岸部の港にはヒュドラとケルベロスが、その上空にはセイレーンが配備された。そして、ヒュドラとケルベロスを囲むように、アスガルド海軍の軍艦スキーズブラズニルが10隻、陸軍のグリンブルスティとセーフリームニルが100機ほど配置された。

「さて、どう迎撃するか」

 ポセイドンはヒュドラのコックピットでつぶやいた。敵は初めて見る機体だからやりにくい。ただ、ソールからある程度の見当を付けられていた。

 曰く「ネオフラカンシステムで自動操縦していて、高熱か冷却のどちらかで攻撃してくる」とのことだ。その上で「ヴクブ・カメーがシパクナーとカブラカンでの失敗を改善していないとは思えない」とも言った。

 いずれにせよ向こうが攻撃してから反撃する。防衛戦では先制攻撃は甘んじて受け、防ぎ切ってカウンターパンチを浴びせる。

 やがて近づいてきた10体の顔が口を開いた。と同時にスキーズブラズニルに火炎を放った。

「なっ!?」

 一体の火炎放射はたいした威力ではなさそうだ。しかし、3、4体が集中砲火すると、軍艦はあっという間に炎に包まれた。

《ポセイドン、まずいぜ! アスガルド軍は対応できていない!!》

 ハーデスの通信だ。瞬く間に軍艦の半分が火だるまになっている。さらに、陸上兵器のグリンブルスティとセーフリームニルにも炎が浴びせられていた。

《手はずどおり、すぐに攻撃を仕掛けるぞ!!》

《おう!!》

《了解!!》

 ハーデスとアルテミスが応えた。

 ケルベロスは口からブロンズ砲弾とブレードホイールを発射した。三つある頭のうち、中央が大砲の弾で、左右がホイールブレードだ。すさまじいスピードで敵を射貫き、撃墜する。

 セイレーンは敵に近づき、音波砲を浴びせる。かつては人間相手にしか通用しないものだったが、金属共振を引き起こしてコンピュータを誤作動させて機動不能にする。

 ヒュドラは口から水を吐いた。その水は空気中で氷の穂先に変化し、敵を射貫いた。

《すっげえ……》

《さすがソールね》

 グールヴェイグ戦に備えて3機とも装備をソールに改造されていたのだ。

《敵のデータが取れたぞ》

 ポセイドンはケルベロスとセイレーンにそのデータを送った。

《ムスペルっていうのか》

 北欧神話で語られることになる炎の巨人だ。

《武器は火炎放射だけのようだ。機動性はあまり高くないみたいだな》

 生き残ったアスガルド軍に待機を要請すると、アルカディア軍は一気に攻撃を仕掛けた。瞬く間に10体のムスペルが撃破された。

《なんか、あっけないね……》

《油断するなアルテミス。あと3体いるぞ》

 ポセイドンが言う方向には、頭部と両腕が宙に浮いている機体が不気味にこちらをにらんでいた。


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