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北大西洋の海底

 数日後、アルカディアではソールが突拍子もない提案をしていた。

「ケツァルコアトルを引き上げるだと!?」

 シバルバーの沈没事故からかなりの時間がたっている。今更引き上げられるのか? そもそも引き上げたところでどうしようというのか?

「この前、グールヴェイグと戦って思ったんだ。不利な上に、あいつらとんでもない切り札を持っているんだろうって」

 歴戦のアルカディア軍と対等に戦ったゲリラ組織・グールヴェイグ。しかし、今回は手の内を知られている分だけ不利だった。あのまま続けばソールたちは負けていたかもしれない。にもかかわらず彼らは撤退した。敵を叩きつぶすチャンスだったというのに――。

 また、ロキとヴクブ・カメーという世界でも一、二を争ううさんくさい男が手を組んでいることにも頭をかかえていた。いろいろ想像をめぐらせるが、ろくな結論にならない。

「ペガサスやグリフォンも改造しようと思うけど、限界があるからな……」

 ソールのつぶやきを聞いてペルセウスは苦笑した。そういえば砲身を勝手に増やそうとしていたよな、こいつは……。

「引き上げるなら、海軍の小型戦艦スキュラを使うといい」

 ポセイドンが提案した。小型といっても軍人20人くらいは寝泊まりできる大きさだ。海底にいる戦闘機1機であれば余裕で回収できるだろう。

「ところで回収した後どうするんだ? また使えるとなっても誰が乗る?」

 ハーデスが聞いてくる。陸軍の司令官の彼は戦闘機乗りではないが、それでも戦闘機の操縦の難しさは承知している。ペルセウスやアーレスほどのトップガンを育てるとなれば、パイロットの資質とたゆまぬ努力、そして国の財政面でのサポートが必要だ。その費用たるや、戦闘機1機を開発するよりずっと高くつくのだ。

「空いているパイロットなんていないし、今からじゃ若手を育成するのも時間がないぜ。まさかイシュタムをまた乗せる気じゃないだろうな」

 開発者のイシュタムはもともとパイロットではない。グールヴェイグと戦わせたら、間違いなく撃墜される。

「そのことについては大丈夫。いいアイデアがあるからさ」


 2日後。ソールはスキュラに乗って大西洋上を航行していた。同行するのはポセイドン、アルテミスなど海軍の数名、そしてイシュタムだ。

「この辺りだったよな……」

 一行はかつてシバルバーがあった場所に着いた。ソールは甲板に出て、大海原を見渡す。沈没事故直後はコンクリートの陸地の欠片があった。今は、それすらもない。どこまでも海なのだ。

 人工的に陸地を造るなんてことが、そもそもおこがましいのかもな……。そんなことを思いながらソールは準備に取りかかった。

小型戦艦スキュラは、本体から数種類の獣型の小型艇を分解できる。ギリシア神話で、さまざまな獣を体に組み込んでいる姿に見られるスキュラの特徴そのものだった。その一つに引き上げ用のワイヤーを装備してソールとイシュタムが乗り込み、海中に潜っていった。

「海の中って初めて潜ったけど、おもしろいな」

 目の前を魚の大群が横切って泳いでいく。

「あれ、カツオかな。うまそう……」

「ソール、目的忘れないでね」

 舌なめずりするソールに釘を刺すイシュタム。シバルバーの事故以来、一緒に行動することが多く、今ではソールのやんちゃをイシュタムが軌道修正するような関係になっている。もっとも、周囲から姉と弟のように思われることがイシュタムにとっては不満のようだが……。

 2時間ほど潜っていき、海底が見えてきた。幾何学的な物体のがれきが散乱している。

「あれは……」

 イシュタムがつぶやいた。見覚えがあると思ったら、シバルバー中央研究所の大きな看板だった。金属でできているはずのその看板は、今では潮水で腐食している。

 さらに彼女はあるものを見て背筋が凍りついた。いたるところに人間の白骨があるのだ。がれきの下敷きになっているもの、剥き出しの鉄骨に串刺しになっているものなど、沈む人工大陸から逃げようとして失敗した人たちのなれの果てだった。

 その様子を見て、のんきだったソールも押し黙った。繊細なイシュタムにはこの光景はきつすぎる。早くケツァルコアトルを見つけて浮上しないと……。

「あれか」

 小型艇のライトが照らした先に、巨大な白いものが見えた。近づいていくと……そこにあったのは、あの激闘を繰り広げた白い蛇だった。


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