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夢に招かれる想い

作者: pan

 最近、登校中に猫を見かけることが増えた。それも二匹。


 首輪をつけていて、前には鈴がある。きっと飼い猫なのだろう。塀の上で二匹仲良く並んでいることが多い。右には黒猫、左には白猫といったように。


 その白猫はとてもかわいらしい顔をしていて透明感がある。猫の中でも美人と呼ばれる部類に入るだろう。毎回通る度に立ち止まって見惚れてしまう。


 ただ、黒猫はそうでもない。おこがましいかもしれないが、若干俺に似ているのだと思う。


 他のことに興味がなさそうにしていて、どこか不愛想。その表情が不機嫌にそうで仕方がない。尻尾は下に垂らしたままだが、たまにブンブン振り回すし。


 反対に白猫は尻尾をゆっくりと揺らしながら見つめてくる。遊んでほしいのか撫でてほしいのか。真意はわからないが、俺に興味を示していることはわかる。


 しかし、今は登校中。正直、俺だって遊びたい気持ちはあるが、他所の猫とすれば容易には触れられない。隣の黒猫から猫パンチも飛んできそうだし。


 触れたい気持ちを抑えつつ、伸ばしかけた手を戻す。


「……それじゃ」


 なんとなく、猫たちに挨拶をしてから学校に向かった。




 俺の通っている学校はいたって普通だ。学業はそれなり、部活に入っている生徒はまちまち。ちょっとした進学校であるくらいのどこにでもある高校。


 学校にいる間は少しだけ退屈であるが、妙に心地が良い。授業も難しくないし、生徒同士のいざこざも起きない。まわりに気を遣うことなく、ぐうたら出来る。


「おーい、こうたろー」

「なんだ」

「なんもー」


 そう言いながら机に突っ伏していた俺の頭を指でつんつんしてくる。一体何がしたいのかわからない。


 彼女は大宮おおみや陽菜(ひな)。1年の頃から同じクラスで出席番号が並んでいる。そのせいかこうやってちょっかいをかけてくることがしばしば。


「あーもう。いつまでやんの」

「あ、起きた。ね、今日カラオケ行かない?」


 陽菜は謝りもせず迫ってきた。

 いつもの調子なのは良いことだが、遠慮というものを知っといた方が良いと思う。昨年もいきなりカラオケに誘ってきたし。


「わかったよ」

「やたー! それじゃ他に人誘っとくね」


 ぶっきらぼうに言ってもこうやって元気に返されてしまう。すでに陽菜はカラオケに誘いに行ってしまい、目の前にはいない。


 こうやって少し意識してしまう時点で、俺もこの関係を悪く思っていないのだろう。確信はない。


「おーい」

「……ん?」


 遠くから陽菜が手を振っている。おそらくカラオケのメンバーが決まったのだろう。いつもと同じなんだろうけど。というかそんなに呼ばなくてもいいのに、健気な奴だ。


「またいつもと同じメンバーで同じところに行くよっ」

「はいよ。あ、今日掃除あるから少し遅れるかも」

「おっけー! じゃ、みんなで玄関で待ってるね」


 そう言って、陽菜は駆け足で席をクラスメイトのところに行った。

 最近、その姿を無意識に目で追ってしまう節がある。どうしてかわからないが、慌ただしくしてドジをしないか見守る親心のようなものなのか。


 そんな時にふと思い浮かぶ。


 陽菜って、実はかわいいんじゃないか、と。

 



 翌日、俺はいつものように登校して――いるはずだった。

 目の前に通学路がある。ただ、視点がおかしい。確かに通学路があるのだが、少し高い塀のような場所から見ているのだ。


 とにかく周りを見よう。そうしようとして首を動かしたとき、黒くて長いしっぽのようなものが見えた。


 なんだこれ、自在に動かせるし。


 気になって横や縦に振ってみる。自由自在に動くそれは無性に手で押さえたくなる。


「にゃ」


 遊んでいると隣から猫の鳴き声がした。咄嗟に振り向くと、そこには白い猫。まさしく俺が登校中に見ていた猫のままだ。


 ……ということは、俺が今見ているこの光景、俺の姿って。


 なるほど、これは夢か。どうしてまたこんな夢を見ているのか。


「にゃあ」


 隣から声をかけてくる白猫。俺がいないときはこうやって仲よくしていたのだろうか。


「にゃあ」


 とりあえず合わせて鳴いてみる。そうすると、白猫は俺の横にくっつくように座ってきた。


 特に何もすることなく、ただ隣にいるだけでも心地いい。たまに毛繕いをして時間を潰す。ときおり舌に引っ付く毛がうっとおしい。


 そんなことをしていると目の前から人影が現れた。よく見ると通っている高校の制服を着ていた。


「あ……!」


 それほど近くもないのに音が良く聞こえてくる。人間からすると少々不便かもしれない。


「おはよっ」


 俺たちに気づいたその生徒は駆け足で近づいてきた。挨拶までするなんて、健気な奴だ。


「にゃ」

「あ、返してくれた。かわいいなあ」


 いや、違う。挨拶を返したんじゃない。思わず姿勢を正してしまったが、そんなつもりもない。


 目の前にいたのは、大宮陽菜そのものだった。突然のことに驚いてしまったが、これは夢だ。バレることもないし、話さなければいいだけだ。


 ただ、少しこのまま夢を見続けていいのかもしれない。


「んにゃ」

「あ、白猫ちゃん。どこいくの」


 隣にいた白猫は俺から離れて行った。どこか不貞腐れているような気がしてならない。去り際の鳴き声がそう伝える。


 そろそろ状況を整理しよう。


 まず、これは夢だ。

 俺が猫に転生したとか、そんなファンタジーじゃない。ファンタジーなら猫同士で会話とか、人と会話できたりとかするものだろう。だから、これは夢だ。


 じっと、陽菜は俺のことを見ている。たまに周りをキョロキョロと見ては、また俺に視線を戻す。


 本当になんなんだこの時間。


「少しならいいよね……」


 そう呟いて、陽菜は俺に手を伸ばす。って、これもしかして撫でられる?


「ふにゃ」

「よしよーし」


 撫でられた。

 マジでなにこれ。


 どこにどう感情を持っていけばよいものか。頭を撫でられている間、そんな考えばかりが回っていく。


 つーか、少しならって言ってたのに長いじゃないか。目を閉じらざるを得なくて、陽菜がどんな表情で撫でているのかわからない。ただ、ずっと「ふふ」とか「かわいい」という声が聞こえる。


 そろそろ鬱陶しいな。


「にゃ」

「あ、ごめん。長かったね」


 いや、そんな悲しそうな顔しなくても。そんな顔されると申し訳なく感じてしまう。けれど、あなた十分撫でたでしょうに。


 なんか疲れた。とにかく腰を下ろそう。


「あ、寝た」


 寝てないわ。そう突っ込もうとも猫だから伝えられない。

 いつになったら学校に向かうのか。というか、夢にしては長いような気がする。まあ、続くならそれでもいいけど。


「ふふ、孝太郎みたい」


 思わず耳を震わせる。


 聞き間違えでなければ、今俺の名前を呼んだはずだ。

 しかし、これは夢だ。変な期待をしないようにしよう。


「あ、そろそろ行かないと……。またね」


 そう言って陽菜は学校に向かって行った。


 ものすごくリアルな夢だ。本当に目の前に陽菜がいた。もしかして、毎朝こうやっているのか?


 そんなことを思っていると、白猫が戻ってきた。やはり陽菜のことが少し苦手なのだろう。陽菜がいる間は一切戻ってこなかったし。


 さて、俺もそろそろ立ち上がろう。塀の上は狭いから変に疲れてしまった。


 ぐっと縦に伸びをしていたところ、また一人通っている高校の制服を着た人が現れた。今度は男のようだ。


 どんどん近づいてくる。

 もう堪能したからな。棒立ちでもいいだろう。


 しばらくして、その男は俺らの前で立ち止まる。隣にいる白猫はさっきと打って変わって健気にファンサしている。


 なんだこの時間、早く夢なら覚めてくれ。

 そう思いながら、なんとなく横目で男を見てみると――


「……俺じゃん」


 次に俺が見たのは自室の天井だった。




 あの夢はなんだったんだ。


 そう憂鬱になっても仕方ない。陽菜が出てくるところまでは良かったんだ。どうして俺が出てくる。自分を俯瞰で見たとき、何とも言えない不快感が襲ってきた。


「はあ……」


 いつものように通学路を歩く。足取りは重い。

 あの猫たちの前を通る度に、見た夢を思い出しそうだ。


 しかし、どうしてあんな夢を見たのだろう。猫はいいとして、どうして陽菜が出てきたのか。


 いわゆる明晰夢というものだろうが、こうありたいとかこうなってほしいとかそんな願望があるわけでもない。


「にゃあ」


 そんなことを考えながら歩いていたら、例の場所に着いてしまった。いつもなら通り過ぎず、一度立ち止まるのだがそんな気分ではない。


 申し訳ないけど、ここは――


「あ……」

「……ん」


 そこに陽菜がいた。

 黒猫を撫でていたようで、俺に気づいた途端手を引いた。


「おはよ、こうたろー」

「お、おはよう」


 ぎこちない挨拶を交わす。

 そこから数秒何もしない時間が続く。陽菜は伸びた長髪を指先でくるくるしている。


「学校、行かんの」

「あ、行くよ!」


 そう言っても動く気配がない。モジモジしているし、何か言いたげだ。思わず首を傾げたくなる


「わ、私ね。毎朝、ここの猫に会ってたんだ」

「そう、なんだ」


 夢の内容の通りであることに驚いた。あれは俺の妄想ではないという証明でもある。


 ただ、急にそんなことを伝えてくるとどういうことなのか。またしても首を傾げたくなる。


「そ、その……」


 途切れ途切れに何かを伝えようとする陽菜は、明らかにいつもの調子ではない。なんだか苦手な雰囲気だ。ここは俺も何か話そう。


「俺も、毎朝ここで猫に会ってたんだよ。奇遇だね」

「やっぱり! じゃなくて、そうなんだ! この猫かわいいよね」

「そうだな」


 俺は猫の前まで行き、いつものようにただ見る。

 そうしていると白猫がやってきた。そして、黒猫は陽菜の方に。


「なんだか、私たちに似てるね」

「……確かにな」


 どうしてか素直に出てきた言葉。前までは恥ずかしくて言えなかっただろうが、これは猫がそうさせた、そう思うべきだろう。


 夢のこともそうだと言ってしまったら、少しスピリチュアルが過ぎる。これは心の中に留めておこう。


 これは、俺だけの秘密だ。


「よし、じゃあ学校行こっか」

「もう満足したのか?」

「まあね! 色々と満足した」


 いつもの調子に戻った陽菜は笑顔でそう言った。


 そして「またね」と猫たちに挨拶してから学校に足を向けた。なんだか猫同士の距離も近くなっていたように感じたが、気にしても仕方がない。俺も陽菜について行くように足を運ぶ。


「あ、そうだ」


 何かを思い出したのか、急に立ち止まって振り返ってきた。


「今日のことは秘密ね」

「え、なんで」

「なんでって、なんでもいいでしょ」

「いや、分からんが」

「じゃあ、今日から一緒に登校ね」

「いや、それこそ何で……」

「はいー、もう決まりましたー」


 ぱん、と手を叩いて話を終わらせてきた。

 一緒に登校すること自体、なにも抵抗はない。それどころか、妙に嬉しく感じている俺がいる。


 なんだか、心が温かい。


「わかったよ」

「それでよろしい」


 勝ち誇ったようにドヤ顔を決めてくる。

 ならここで打ち明けてもいいような気がする。


「そういやさ、今日なにか夢見た?」

「へ!? まー、見たけど……」

「そうなんだ。俺、変な夢見てさ――」


 なんとなく、夢の内容を話したかっただけ。今までの俺ならそのまま内にひそめておくだけだったはずなのに。


 どうしてだろう。

 この胸の高鳴り。

 なんだか、ずっとこのまま居たいと思うほど、心地いい。

 


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