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グレイシアシリーズ

男装令嬢ルシャンテの誓い

作者: ひよこ1号

ルシャンテ目線

ルシャンテは、アルテシア王国の北東の辺境伯の家に生まれた。

東には山を挟んで帝国と、北には山を挟んでザイム正教国に囲まれるようにして領地がある。

だが他国より脅威とされるのは、山から時折現れる魔獣だ。

物語の様な大型の竜種などはいないが、動物よりも強力な魔獣が跋扈する山を抱えるが故に、ある種の平和が保たれている部分もある。

南には主家であるアドモンテ公爵領もあり、領都同士は馬車で5日、馬で3日程度の距離の為、幼い頃は家族を連れての行き来も盛んだった。


初めて見たグレイシア公女は素晴らしく美しい少女で、自分は何てみすぼらしいのだろう、と悲しくなったほどだった。

当時から既に、大きくなったら騎士になりたいという夢があったので、そこまで悲観はしていなかったが。

それでも肌の色が別人種かと思う位に違う。

白く透き通るような肌に、大きな夜空色の瞳。

見た目だけでなく所作も美しければ、礼儀作法マナーも完璧で、更に利発。


「私が貴女に勝てるとしたら剣くらいかな…」


ぽそりと思わず呟いた声に、天使の様な少女は笑って言った。


「そう?ではわたくしの為に戦ってくださる?」

「……!……はい、喜んで」


その時にもう、ルシャンテの運命は決まってしまっていたに違いない。

片膝を突いたルシャンテの肩に、グレイシアが懐剣を取り出して優しく置いた。


「汝、非道を行うなかれ。常に裏切りを避けよ。我が為に命を賭し、祈りかつ働く人々全てを守護すべし。我は汝を守護し、名誉を穢す命はくださぬ事を誓う。我が剣となり、盾となる事を誓うか?」


「はい。誓います」


騎士の誓いの言葉は決まっていない。

だが、ルシャンテはグレイシアの祈りにも似た誓いの言葉に胸が震えた。

とても同じ年齢の少女が紡ぐとは思えない言葉が、深く胸に刻まれたのである。



僅か5歳にしてグレイシアが、王子の婚約者として王子妃教育を受ける事になったと知った時、ルシャンテは落胆した。

もう、王都と辺境伯領では気軽にグレイシアと会えなくなる。

本当は傍に行きたいが、王都の辺境伯の屋敷で一体何が出来るだろう?

剣の鍛錬や武術の訓練なら出来る。

だが、馬にのっての騎馬戦や、弓矢の練習は出来ない。


「私には私の、やるべき事がある」


たとえ、距離も心も離れたとして、誓いは常に自分の中にある。

会えなくなってから数年、ルシャンテは一日も無駄にする事なく自分を鍛える事に使った。


「よう女戦士」

「なんだよルキ兄か。女戦士じゃない、女騎士だ」


次兄のハルキオに揶揄われて、ルシャンテは立ち上がる。

手にした剣をじゃれ合うように交えた後、ハルキオはふと遠い目をして帝国の方を見た。


「最近、妙な山賊が出るって噂、知ってるか?」

「ああ、追っていくと帝国に逃げる奴らでしょ。しかも二種類いるって聞いた」


おや、とハルキオは愉しそうにルシャンテを見遣る。

ルシャンテは肩を竦めてニヤリと笑った。


「一つは武装していて反撃してくるが、一つはすぐに逃げてしまう。反撃する奴らを消える奴らが追っているんじゃないか?って親父が話してたのを聞いたよ」


たまたま通りかかって、軍議を覗いただけである。


「盗み聞きとは風上にも置けないな。淑女教育はどうした?」

「何言ってるんだよ。情報収集は淑女の嗜みだぞ。盗み聞き位可愛いものさ」


淑女、とは口にするものの、一通りの淑女教育は受けているが、披露する場も無ければ披露する気も無い。

長ったらしい、足に纏わりつくようなスカートも嫌いだし、髪や顔をごてごてと飾るのも好きじゃない。

それを我慢するとしたら、主人の護衛に就く時だけだ。


「淑女かぁ……グレイシア様もご立派になられただろうな」

「うん。グレイシア様は最高の淑女だからね」

「何でお前がそんな自慢げな顔をするんだよ」

「そりゃあ私の主人だからね」


あの誓いの後、肩を撫でた懐剣はルシャンテへと託された。

高価そうな物だったので、両親に報告したところ、二人は頭を抱えたものだ。

だが、その事について何かを言われた事は無い。

騎士になった、騎士にした、など幼い頃のごっこ遊びと片付けられたのかもしれないが。



「王都へ行く事になった。お前達も付いて参れ」


珍しく父に言われて、ハルキオとルシャンテは顔を見合わせた。

王都には学園に通う長兄のルシェイドがいる。

アドモンテ公爵家の長兄ツェーザレとは親友で、楽しく過ごしているらしい事は手紙で知ってはいた。

だが、ハルキオは14歳、ルシャンテは12歳。

ハルキオですらまだ学園に通うのは一年後である。

下見、というわけでもなく。


「親父殿は何か企んでるなぁ」

「何だろう。まぁ自由にしていいなら乗ってあげるよ」


ハルキオは難しい顔をしていたが、ルシャンテは何処か浮かれていた。

主人と定めたグレイシアに会えるのだ。

どれだけ美しくなっている事だろう。

一目だけでも見られれば、また辺境での訓練にも張り合いが出る、と微笑んだ。


「ルシャンテ。お前は騎士団の訓練に参加するがいい。何があってもこの父が責任を取る」

「分かりました父上。好きに暴れさせて頂きます」


何か含みがあるけれど、今のところは思い当たらないな、とルシャンテは騎士見習いの服に着替えた。

王都の騎士団の水準を見るとか、そういう任務だろうか?

でもそんなものは、娘に頼む仕事ではない。


考えながら修練場に行くと、城の騎士達と騎士見習い達が訓練をしていた。

騎士の家系の者から、嫡男ではない貴族の息子、またはその遠戚者の平民といった人々が見習いとなる。

将来的に騎士になれれば、一代限りとはいえ騎士爵と俸給を貰えるのだから、幼い頃から目指す者も多い。

そこへ、グレイシアの婚約者、レクサスが現れた。

尊大な態度は王族ゆえだろうか。

さぞ、実力も高いのだろう、と思って見ていたルシャンテは愕然とした。


弱い……!

弱いのに何でそんなに偉そうなんだ……!?


明らかに手加減をして、負けたふりをする騎士見習い達と、手加減された事すら気づけない間抜け。

まるで市の日に立つ、阿呆劇ソティ笑劇ファルスのようではないか、と思い立ち、思わず噴き出した。


「な、何を笑っている!」


直答して良い物か分からず、笑いも収まらず、ルシャンテは顔を背けてしまった。


「糞、そこの笑ってるお前、剣の相手をせよ」

「手加減をせよと、お命じか?」


怒ったレクサスが勝負を挑んできたところに、ハルキオが確認を取るように聞き返す。

何故なら騎士団や見習い達は明らかに、手加減をしていたのだ。


「手加減などいらぬ!」


「お受け致します」


剣を構えて礼をして、ルシャンテは気が付いた。

父はこれが目的だったのか、と。

グレイシアには釣り合わない弱い王子。

グレイシアの為に研鑽を積んできた娘。

何の為かは分からないが、ルシャンテを失望させ騎士の夢を潰えさせるか、もしくは。


勝負は簡単に付いた。

レクサスは、尻餅をついて、ぽかんと口を開けている。

その首にぴたりと木剣を寄せる。


「何だその目は、私を馬鹿にしているのだろう!?」

「馬鹿にはしてないけど、弱いなって思ってるよ」


ルシャンテは正直に答えた。

周囲の手抜き加減は、大問題だとすら思う。

だが、真っ赤になったレクサスが更に怒鳴った。


「お前のような女は妃になんて絶対選ばない!疾く帰れ!」


剣を振るうようにバッと手を振って大仰に言ったレクサスを、ルシャンテは瞠目して見つめた後、アハハと大声で笑い出した。


「誰がアンタの嫁になんてなるか。失礼なんだね、自分の嫁候補達の顔なんて覚えていないんだろう」

「!!」


レクサスは図星を刺されたように、固まる。

声が女だから、令嬢だと気づき、自分の婚約者候補だと思い込んだのだろう。

その無様に、レクサスは流石に恥じたのか顔を伏せた。


気に入らない。


ルシャンテの怒りは更に燃え上がる。

立ち上がって何度でも挑んでくれば、強くなれる可能性もあるのに。

それすら出来ずに口先だけで文句を言うとは。


「相手が決まっているならさっさと決めて解放しなよ。弱い殿下にお似合いの人を選んでさ」


相手は決して、グレイシアではない。

グレイシアであってはならない。

ルシャンテは怒りのまま、剣をつきつけて何も出来ない王子を睨んだ。

レクサスは悔し気に地面に視線を落としたまま、唇を噛みしめている。

そこに聞き慣れた穏やかな声が聞こえた。


「アメルン辺境伯令嬢、口をお慎みなさいませ」

「本当のことを言っただけです、アドモンテ公爵令嬢」


止めに入ったのはグレイシアだった。

周囲の大人達もほっと肩の力を抜くのが分かって、漸くレクサスも顔を上げて二人を見る。


久しぶりに見えたグレイシアは、天使から女神へと変化しているような得も言われぬ美しさを湛えていた。

穏やかな声に、穏やかな笑み。

肌の色は相変わらず白く、金の髪は光を集めて編んだように輝いている。


「貴女の忠心には感謝いたしますけれど、殿下を貶めるような発言はお止めなさい」

「差し出がましい真似を致しました。……でも本当は、分かっているんでしょう?」


謝罪の後の問いかけに、グレイシアは答えなかった。


彼が、王の器でない事くらい、貴女には。


フッと笑みを浮かべたルシャンテは、その場を後にする。

分かっていてなお、王子に添うと決めているなら、諦めなければならないのは私の方か。

それとも、彼女の言う忠心に従って、何度でも反対するべきなのか。



数時間後、父親と共にグレイシアに呼び出された。

ハルキオはむっつりと不機嫌な顔を隠しもしない。

あの駄目王子を目の前でグレイシアが庇って、ルシャンテを注意したからだろう。


分かるけど、顔に出過ぎ。


足を踏みつけてやろうかと思ったが、グレイシアの声で我に返る。


「アメルン辺境伯、お伺いしたい件があります」

「ほう。早速ですか」


二人の父であるアメルン辺境伯は、筋骨隆々とした見た目そのままに、辺境の英雄と言われる戦士で、スタンピードという魔獣の大量発生を押しとどめた勇者でもある。

ルシャンテやハルキオと同じ、赤い髪に日に焼けた色はアメルン家の血筋だ。

獰猛な笑みをニヤリ、と浮かべて呼び出されたグレイシアの部屋の長椅子にどっかりと座った。

長椅子には座らずに、ルシャンテとハルキオは立ったまま二人の話を聞く。


「何故、レクサス第一王子殿下とご息女を戦わせたりなさったのです?」

「これは異な事を申される。戦いを望んだのは王子殿下の方では?」


周囲の誰に聞いても同じ答えが返ってくるだろう。

自分よりも細い少年が、自分を軽視していると戦いを望んだのだ。


「ふふ。伯とあろう方が、そのような。あの御方が望むと分かっていて、連れてらしたのでしょう?わたくしはその真意を聞いておりますのよ」

「……ならば、それこそ聞くまでも無いでしょう。剣も勉学も二流三流でも構わないが、王として三流では論外だ」

「良く分かりました。ルシャンテ嬢、先程は皆の前で叱責をしてしまって申し訳なかったわ」


穏やかな笑顔で頷いたグレイシアを見て、父はじっと何かを考え込み、謝罪の言葉にルシャンテは驚いた。


「いえ、叱責という程では。それにグレイシア様のお立場では仕方のない事かと」

「そう言って貰えて心が軽くなりましてよ。先ほどの御答えですけれど、ええ、分かっております」


答えを言い、真っすぐ見つめるグレイシアの瞳を見て、ルシャンテは残念そうに目を伏せた。


「私は貴女が、三流に仕える事が我慢ならない」

「そこまでわたくしを評価して頂けて光栄よ」


そういう問題ではないと言いたかったが、眩しい笑顔を向けられればルシャンテの頬も熱くなった。

父も、ルシャンテと同じ気持ちがあって、直接話せる機会を設けたかったのだろう。


考え込んでいた父が、徐に口を開く。


「最近国境付近で山賊が横行しておりましてな。わが国の方に居れば捕縛も殲滅も容易いのですが、深追いすれば国境を越える。この間など、帝国軍とぶつかるところでもありました」

「……つまり、帝国側の差し金と?」

「ええ、その可能性は否めませんな。大変きな臭い」


ふむ、とグレイシアも考え込む。

帝国は次期皇帝を巡って、後継者は第一皇子だと言われているが、まだ皇太子となった訳ではない。


「では、わたくしが帝国へ赴きましょう。ちょうど同じ年齢位の戦いの出来る侍女が欲しかったの。ご息女を貸して頂けて?」

「……は、いや、貴女が直接向かわれるのか」


流石に驚いた父がグレイシアを見れば、グレイシアはこく、と頷いた。


「流石に一人では向かいません。お母様に里帰りをして頂きます。ちょうど王子妃教育も一段落した事ですし、外国語も王国よりは帝国の方が使う機会も多いでしょう」


「留学するには幼くはありませんか」


まだ12歳のグレイシアだが、その歳を感じさせない位に勤勉にして優秀である。


「幼い相手の方が心を開きやすいでしょう?それに、わたくしの価値を考えれば、そこまでの危険はないと存じます」

「私がお守りします」


ルシャンテは炎を宿したような目で父を見た。

まさか、辺境の異変を聞いてすぐに、帝国に乗り込む決断をするとまでは思っていなかった。

グレイシアの即断に、ルシャンテを望む言葉に、魂を灼かれるような気がしたのだ。

言い出したら聞かない娘の目に、父もため息を吐く。


「私が許可しなかったところで、この娘は荷に紛れてでも貴女に付いてゆくでしょう。行くがいい、ルシャンテ。それにハルキオもお連れ下さい」

「ま、俺は予備スペアですからね。二人の盾くらいにはなれるでしょう」


へらりと笑って軽口を叩くハルキオに、グレイシアはにっこり微笑んだ。


「まあ、ご謙遜を。剣の腕前は騎士団長のオルファン様も評価をなさっているとお聞きしておりましてよ」

「親父の七光りとも言われてますが」


勝てない貴族の子弟のやっかみである。

だが、鵜呑みにするほどグレイシアは愚かではない。

やっぱり、私の主の目は曇っていなかったとルシャンテは傍らの兄を見上げた。

部屋に入った時までは憮然としていた兄も、今は嬉し気だ。


「ではどんな光を放つのか是非拝見させて頂きましょうか」

「仰せの通りに」



帝国への旅は、順調に終わった。

お仕着せの下には、短い下履き(ズボン)も履いて、グレイシアの背後に控える。


「いいこと?今日はわたくしが何をされても、止めては駄目よ?」

「わかりました。が、それが命を脅かすようなものであった場合は見過ごせません」

「ふふ。有難うルシャンテ。今日は悪戯をされる予定なの」


楽しそうに笑んだグレイシアは天使のように美しいが、始まったお茶会では、にこやかで穏やかな表面とは違い、柔らかなスカートの下に棘や毒がありそうな令嬢達と渡り合うのだ。


ああ、なるほど。

王国の淑女達とは全然違う。


騎士として、将来の側近として、ルシャンテにこの人々を見せておきたかったのだろう。

穏やかにグレイシアと話すアマーリエとクリスティーナは二人とも公爵令嬢で、母親たちも皇妹であるコンスタンツェとは懇意だという。

出席者は高位貴族の令嬢ばかりで、好意的な視線を向けているが、それだけではない。

彼女達は幼いながら、家門の期待を背負って戦場にいるのだと理解している。

グレイシアが仕えるに値する令嬢なのか否か。

皇后の姪であり、傍若無人な態度のカミラへの対応を興味を持って見ている。


グレイシアの予想通り、カミラの息がかかった小間使いがわざと、グレイシアのドレスを紅茶で汚した。

慌てて謝った小間使いに、激昂する事も、泣く事もなく、穏やかな笑みでグレイシアは言う。


「謝罪の気持ちが無いのに、謝って頂かなくても結構よ」


優しく追い詰められた侍女が、縋る様に見たのはカミラで。

その場にいる誰もが、分かっていた事ではあるが、改めてグレイシアはカミラを皆の前で問い詰めた。


「そう。彼女に命じられたのね。ねぇカミラ嬢。貴女に命じたのは誰かしら?自分でお考えになったの?」

「……どっちでもいいでしょう。わたくしの叔母は皇后なのよ!」


激昂したカミラは、今までも使っていただろう魔法の言葉を口にした。

皇后の権力を、よりによって皇帝の溺愛する妹の娘であるグレイシアにぶつけてしまったのだ。


「ねえ、カミラ嬢、面白い方ですのね、貴女って。皇帝と皇后の力比べをなさりたいなんて、そんな剛毅な方初めてお会いしてよ。わたしを歓迎してくださって、ありがとう存じます」


「……え、な、何を……」


「だって貴女が皇后の権力を振り翳すのであれば、わたくしも皇帝陛下にお縋りするしかなくってよ。さ、ルシャンテ、その小間使いを連れて来て頂戴」


あくまで穏やかに、優雅に、汚れた紅茶の色がまるで色づいた花にさえ見えるような優美な淑女の礼を執って、グレイシアは大人たちの茶席へと歩いて行った。

余りにも鮮やかな手並みに感心しつつ、ルシャンテは命令に従う。


その後の顛末は、苛烈なものだった。

皇帝は当然ながら、主催した皇后の不手際を責め、無様を強いられた皇后が、カミラをその場で兵に捕縛させた。

下された罰は「鞭打ち50回」

これは軽い刑に思われるだろうが、令嬢にとっては死刑宣告と同じだ。

帝国兵であれば、皇后の意図を汲むだろうし、手加減などすれば皇帝によって執行者が処断されるだろう。

豚の様に悲鳴を上げて引きずられて行く侯爵令嬢であり、皇后の姪だったカミラを見て、参加していた令嬢達は顔色を失くした。

麗しい天使の微笑みと穏やかな仮面を外すことなく、追い詰めたグレイシアの手腕に敬服したのは見て取れる。

皇帝陛下の権力があるというだけではない。

如何にその権力を正しく振るうのか、それが重要だ。

カミラの様に自分を誇示するためにではない。

敵を排除する為だけに、一瞬だけそれを行使した。

命じられただけの小間使いは罰しなかったのも、驚くべき事だろう。

グレイシアは敵に容赦なく、罪なき者は無駄に罰しないという寛容さと公平さを示したのである。

そしてきっと、誰もが驚嘆する一つが、グレイシアの穏やかな天使の笑みだ。

彼女は、これから殺されるカミラを見て、顔色一つ変えない。

「命を奪われるのが当然」だとすら思っているだろう。

けれど、それだけではないのをルシャンテは知っていた。

ハルキオに命じたのは、カミラを見張る事。

何処かから横やりが入るのか、入れるのは誰なのかまでを探る事を考えている。


ああ、やっぱり、あの馬鹿王子には勿体ない。


帝国での騒動が、未来への戦争の芽がグレイシアを平和な王国という鳥籠から解き放ってくれるなら、その方がいいとさえ、ルシャンテは願った。

願ってしまった。

本当は、平和な花園でただ穏やかに咲いていられるのが幸せなのだろうけれど。


ハルキオが見張りをしている間、第二皇子や第一皇子との邂逅を見守っていたルシャンテは、やれやれと肩を落とした。

今頃、グレイシアはこの先の事を幾重にも考えているだろう。


皇后や第一皇子が姪であり従妹であるカミラを簡単に切り捨て、見捨てた事が分かった。

使われた鞭は拷問用ではなく刑罰用だが、それでも、令嬢には耐えられない痛みだろう。

使用人に鞭打たせるならば、教育や躾の意味が強いが、執行するのが兵士であるならば。

一度目で失神し、二度目で痛みに目覚め、それを繰り返して十を数えることなく死んだという。

遺体は侯爵家へ返され、グレイシアは弔辞の手紙を侯爵家へ送った。

娘を失った侯爵と、その妹であり、笞刑ちけいを執行した本人でもある皇后との間に出来た溝に毒を流しいれる為の布石。

元々敵の家門なのだから、反発し合えば良い、程度だとしてもグレイシアは手を緩めない。


その他にも色々手を打っているのを間近で見て、無茶な要求に兄のハルキオはボロボロになっていくのも見た。

旅も終わりに近づいて、気安くなったグレイシアにルシャンテは会話の流れで思わず言ったのである。


「一つ手を打つことでどんだけの悪巧みを詰め込むんですか。詰め放題じゃないんですよ」

「あら、わたくし詰め放題、得意なのよ。革袋に飴を沢山詰め込むのよね」

「何ですか、その庶民的な特技は」


だが、ルシャンテには何となく想像が出来てしまった。

隙間なくがっつり詰め込むグレイシアの姿を。

「だから最後に噓をつく」の加筆版で出てくるグレイシアの帝国訪問の一部をルシャンテ目線でお送り致しました!カミラの死にざまなどは本編では出てきません。連れていかれて終了…ルシャンテは兄のハルキオから聞いた話ですね。

王国に戻ってからや学園生活編もその内書ければと思います。


新年あけましておめでとうございます!!

ひよこは3が日は混むので電気毛布にくるまって過ごしますが、1月中にはちゃんと初詣、行く!と思います!

あと、年末にかけてシリーズ短編を怒涛の勢いでアップし過ぎて、在庫がなくなったのでまた、週一更新に戻ります。ランキングに沢山入れて頂いて嬉しかったです。楽しんで頂けたら幸せなひよこです。

お雑煮ではないですが、里芋のシチューなる美味しそうな物を教えて頂いたので、寒い内に美味しいシチューを沢山食べたいと思います。

シチュー、どんな物を入れるのがお好きですか?

ひよこはベーコンとコーンの缶詰のシンプル系か、お豆とお肉のシチューが楽ちんで好きです!

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― 新着の感想 ―
まさに傑物にして怪物…
面白い、面白いんです… でもそろそろ登場人物紹介まとめていただきたい…! どうかお願いします!
おもしろかったです! シチューは毎年正月あたりに作ります。 安くてかたいアメリカ牛も ワインで煮込めば柔らかくなりますよ。 格安ワインが手に入るならおすすめです♪
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