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偶然の出会いを狙い続けたイケメン男子校生の執念

作者: いか人参


「財布、落としましたよ。」

「…どうも。」

「「「!!!!」」」


駅の改札を抜けた所で後ろから女性に声を掛けられた(かける)は、振り返って礼を言うとすぐに後ろのポケットにしまった。

振り向きざまの彼の整った顔面に、周りにいた女性達の視線が一点集中する。


だが翔は自分に集中する周囲からの熱のこもった視線を一切気にすることなく、そのまま歩き出そうとする。


「あの、良かったら連絡先っ…」

「俺、急いでるんで。」

「おいお前なんてことをっ………!!」


連絡先を聞かれても一切興味を示さず足を速める翔に、彼と共に高校から下校中だった篤が慌てて彼のことを追いかけた。


「なに…?」

「なにじゃねぇよ、お前は全く…あんなに女性達から熱い目を向けられて…それを無碍にする奴がいるか!失礼にもほどがあるぞっ!顔が良いからって調子に乗りやがって…よりによってあんな年上美人の誘いを断るとか…」

「年上…お前よく見てるな。」

「おいおいおい…そこじゃねぇよ…そもそもこんな時代にわざわざ財布持ち歩いて落とすとか、狙ってやってるにしか思えないっての。」

「はぁ…」

「おいそこっ!色気のあるため息を俺に向けるんじゃねぇ!!」


鬱陶しげにする仕草にさえ色気の溢れ出ている友人に、篤は目一杯の嫉妬を投げつける。



「だいたいお前は、そんなスカした態度ばっかりしてるから周りからは嫌煙されて高校でもろくに友達が出来ないし、」

「!!」


視線を真横に向けた翔は目を見開いて息を呑み、何かに取り憑かれたかのように一点を見つめたまま足を止めた。

そんな彼の近くを彼らと似たような制服を着た一人の女子高生が足早に追い抜いて行った。


「…どうした?」


篤も足を止めて翔のことを見る。

電車通学の多いこの街の駅近、夕方のこの時間帯は同じ高校の者が多く行き交う。そんないつもと変わらない光景だったはず、ならば自分の発言のせいかとやや不安そうな視線を向けたが、返事は素っ気なかった。


「いや、何でもない。」

「…あっそ。なら良いけど。今日もあそこに行くのか?」

「ああ。」


歩き出した翔は、大通りの交差点を当たり前のように自宅とは別の方向に向かう横断歩道の前で信号を待つ。


「ほんとお前あの店好きだな。もう1年以上毎日通ってるだろ。」

「…あそこは良い店だから。」

「普通の錆びれた喫茶店じゃん。……ってそんな睨むなよ。美人が睨むと怖えんだよ。」

「良い店だ。」

「はいはい、めちゃくちゃ良い店だな。だがキャッシュレス派の現代を生きる俺は帰るぞ。また明日な。」

「ああ、またな。」


交差点の前で篤と別れた翔は、慣れた足取りで真っ直ぐにお目当ての喫茶店へと向かう。

軒先に吊るされている看板の印字が消えかかっておりカーテンの閉まった窓からは中の様子が窺えず、相変わらずやっているのかどうか分からないような雰囲気を全面に出している。

それでも店の前に自転車(それも年上の年代が乗っていそうな)が止まっているため、今日も営業はしていそうだ。


ドアを開けると昔懐かしい鐘の音がよく響く。

カウンターから、この店の店主であるエプロン姿の白髪の紳士が入り口に目を向ける。

翔の姿を見て馴染み客だと分かると、微笑みかけるだけでまた作業に戻った。

一見不親切にも見られる店主の行為だったが、普段人の視線を集めてばかりいる翔にとっては心地よい接客だ。


翔は決まってテーブル席の奥側の椅子に座る。今日も空いていた定位置に腰掛けた。


彼の他には、カウンターに店主の知り合いの常連客とその二つ隣の席に翔と同じ年頃の女子高生であり、先ほど彼のことを追い抜かしていった相手が座っていた。

彼女はコーヒーを片手に、真剣な表情でハードカバーの分厚い書籍を読んでいる。


いつもの場所に彼女の姿を見つけた翔は、気取られないように席から彼女の横顔を覗き見ていた。この席が最もよく見えるのだ。

翔も彼女を真似てコーヒーを片手に本を読んでいるが、味も本の内容も全く頭に入っていなかった。彼の頭の中は今日も今日とて彼女のことで埋め尽くされている。



ーー 今日も彼女の横顔は美しい…初めて見かけた1年前のあの日から彼女は何一つ変わらない。いつだって孤高で誰にも靡かなくて気高くて、その心の強さが全面に出ているからこそ彼女を前にすると心をかき乱される。いつの日か自分だけのものにしたい。そんな邪な気持ちを抱いてしまう。


今俺が声を掛けたらどう思うだろうか。

…って、そんなの嫌がれるに決まってる。


高校ではチヤホヤされている(ように見える)この俺では彼女に警戒心を抱かせてしまう。それでは駄目だ。彼女は他の女子達とは何もかもが違う。色目を使って落とせるような相手じゃない。彼女が拒否感を示さないよう、偶然を装って親身に声を掛けられるその一瞬の隙を狙わなければ…



チラリと時計を見た翔は落胆した。

今日も何も行動を起こせないまま、彼女が帰る時間になってしまったからだ。

予想通り、視線の先の彼女は本を閉じて鞄に仕舞うと代わりに財布を取り出す。


だが、財布を開けたものの席を立つ素振りがない。いつもの凛とした横顔に焦りの色が見え始めた。

それを見ていた翔は全てを察し、湧き立つ心を必死に抑え込みながらすぐに席を立って彼女に近づく。


「一緒にお会計しておくよ。」

「えっ……」


いきなり声を掛けられた彼女、翔と同じ高校に通う奏多は驚いて言葉が続かなかった。

突然の声掛けに動揺する彼女に、翔は下心を悟られないよう努めて穏やかな表情を向ける。


が、内心は今にも心臓が爆発してしまいそうだった。初めて正面から見る彼女の顔は横顔よりも美しく、何より彼女の瞳に自分の姿が映っていることに歓喜していた。

必死に理性を保ち、彼女が好みそうな誠実な声音を意識する。


「気にしなくていいよ。困った時はお互い様だから。」

「ごめんなさいっ…私現金使ってしまったのをすっかり忘れていて…ここキャッシュレス決済出来なくてその…」

「…っ」


焦って早口になり俯く奏多の前で翔は、彼女にバレないよう横を向いて瞑目する。


ーー くっ…透き通るような声が可愛い。焦った姿が愛おしい。堪らない。ああもう可愛い可愛い可愛い…いつも大人びている彼女も焦ることなんてあるのか…ずっと見ていられる。ずっと見ていたい…だがそのためにも今は耐えないといけない。ここで早まればこの1年の努力が全て水の泡となってしまうから…


「本当に気にしなくていいよ。じゃあ俺ももう帰るから。」


奏多の分の伝票を手にした翔は、あっさりと彼女に背を向ける。もちろん、身を切られるような思いで。


「あ、あのっ!」

「ん?」


予想通りの展開に翔は口元が綻びそうになるのを気合いで抑え込み、平常心を装ってゆっくりと振り返る。


「ありがとうございます。」

「大したことじゃないよ。」

「後でお返しします!」

「いいよ。別に大した額じゃないし。わざわざ返す方が手間になるって。」


翔はにこやかに微笑むと顔の前で手を横に振った。無論、内心は大荒れだ。


ーー せっかくの願い出を無碍にして本当にごめん…でもお願いだから、ここで引かないで。頼むから、もう一歩だけ踏み込んでっ……お願いします、神様っ……


「じゃあ」


一瞬思案した奏多は、鞄の中からスマホを取り出して翔に見せた。

その瞬間、翔は騒ぎ立つ胸を拳で押さえて目を見開く。


「電子マネーで今お支払いします!奢ってもらうわけにはいきません。」

「いや別に…」

「何の種類の電子マネーが良いですか?私は、PayPay かLINEpayか楽天payなら…」


翔に断らせないよう奏多は前のめりで尋ねてくる。


「…それなら、LINEpayで。」

「ありがとうございます!」


こうして無事に翔に送金できた奏多は、再度頭を下げて丁寧にお礼を言うと笑顔で手を振り店を後にした。


「ようやく…ようやく、手に入れた彼女のLINEID…どうしよう…嬉しすぎて吐きそう…もう無理…幸せすぎてしんどい…」


彼女が店を出た途端、念願を果たせた翔は店の床にへたり込んだ。

1年という時を経てようやくスタートラインに立てた彼の元に、これまでの全てを見てきた店主はお祝いとばかりにアイス多めのコーヒーフロートを運んで来たのだった。



読んでいただきありがとうございました!

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