第3話 探偵は人のセリフを奪いがち
『探偵に一番必要な能力は何だ?』
前世であれば誰もが一度は考えるであろう事だが、恥ずかしながらも俺は今世になって初めて考えることになった。
『柔軟な頭』
『記憶力』
『観察力』
色々と考えた。
それこそ村人の喧嘩に巻き込まれた時は『体力』『筋肉』そんな考えも浮かんだこともある。
まあ、その時々で俺はその考えを変えてしまったのもあるが、結局は探偵と言うもの自体いろんなことができれば出来るほどいい。つまり、前世のダ・ヴィンチみたいな人になるべきなのだろう。
でも、今こそ俺は断言できる。
探偵に一番必要な能力を。
それは『コミ力』だ。
そう結論付けて足を組み、右手にブドウジュースを手にしてニヤニヤしてる。
そんな俺がいるのはパーティ会場の隅っこだ。
「何かっこつけてるんだ?」
そう言いながら父さんが後ろから俺の頭を叩いてきた。
「いや、俺がずっと考えていたことにひとまずの結論が出たから」
そう言いながら俺はブドウジュースを一気に煽る。
「ご、ごはぁ!」
一気に飲んだせいかむせてしまった。
そんな俺に呆れるように父さんは頭を抱えた。
「冗談はそこまでにしておけ、今からカーオキール侯爵に挨拶に行くぞ」
俺は父さんに腕を掴まれ、無理やり立たせれた。
「自分で立てるよ」
「なら早くしてくれ、もう順番が来るんだ」
「はい、はい」
せっかちな父さんに俺は素直についていく。
パーティ会場の舞台となったのはロックシャー家の寄親のカーオキール侯爵の領地だ。
俺の住んでいるロックシャー領はこの世界で一番有名であろう勇者がいる国で名前はキュールエル王国、人類最大の国家である。
また国土も広く、王様が一人で全てを治めることはできないので、地方の貴族にある程度の権利を与えているそうだ。日本で言うと、王都が東京、カーオキール領は仙台、福岡、札幌みたいな地方な感じだと思う。
そんな大都市の領主に何故か俺は呼ばれているらしい。俺は侯爵に会ったこともないし、お世話にもなっていない。
それなのに俺は侯爵から直接呼ばれるなんて……ってどうせ父さんがなんか言ったんだろう。
そうに違いない。
まあ、別に悪いこともしてないので俺は堂々として侯爵に会いに行った。
「失礼します」
そう言い、父さんはドアを開いた。
そこにいたのは、赤い髪を持ち、身長は180センチを下らないであろう大きな体を持つ男性だった。
「おお、サイガ! よく来てくれた! さ、そこに座れ」
その男性は父さんに対面に座るように促し、父さんもそれに従い、男性の目の前に座った。
「すまないな、わざわざ来てもらって」
「いえ、ナン様にお世話になったことを考えればこのようなこと、全然お申し出下さい」
父さんはそう言って少し頭を下げたので俺もそれを見て真似する。
「そうか、そうか。俺もいい部下、いや今は貴族なんだからいい隣人を得たものだ」
そう言って大笑いするナン侯爵。
そして笑い終わり、俺の方をじっと見始めて、
「で、この子が例の子か?」
「はい、そうです。ほら、ご挨拶しろ」
そうせかされたので、俺は俺が知ってる限りの礼儀で挨拶した。
「初めまして、ナン・カーオキール侯爵様。私はロックシャー家次男、ポラン・ロックシャーです」
そう言って俺は左手を胸の前に、右手は横に伸ばし、少し上へ、そして頭を下げるときには右足を左足の後ろに行くようにクロスしてお辞儀をした。
「ほうほう、意外に品があるじゃないか。サイガの話だと、自分の領の村人にこき使われているって聞いたが」
ナン侯爵がそう言うので俺はすぐに父さんに小声で抗議の声をあげる。
「父さん! ナン侯爵にどう伝えたのさ? それに俺は村人にこき使われている覚えはないんだけど?」
父さんも俺と同じく小声で言い返してきた。
「俺は、お前のことをありのままに伝えたぞ。お前が村人の喧嘩に巻き込まれて、ボロボロになって家に帰ってきたこととかな!」
「それは依頼されたから仕方なく……って、それがどうなれば村人にこき使われるなんてなるんだよ!」
「普通の貴族が聞けば、そう言うことになるんだ。お前も覚えろ」
「俺は普通……いや少し変わってる程度でしょ!」
「お前の『普通』は、俺たちからしたら『変わってる』。ならお前の『少し変わってる』はもう『変人』だ」
俺は父さんの暴論に驚きながらも、父さんを睨み出す。父さんも俺に負けじと睨み返し始めた。そして段々と俺たちは顔が近づきお互いの額を当てて頭を押し合った。
父さんの押す力はすごく、俺も負けじと力を込めるがまだ大人になりきれてない体では部が悪いようだ。少しの間抵抗を続けたが、結局根負けして俺の方から引いてこの競り合いは終わった。俺は悔しげに父さんを見るが、父さんは何やらほこらげな表情をしていた。
「仲がいいようだな」
「「!!」」
俺たちはすっかり目の前にいるナン侯爵を忘れ、実家のノリで小競り合いをしてしまった。
父さんはすぐさま態度を改めて
「す、すみません。少し頭に血が昇ってしまって」
そう言って再び頭を下げる。
「す、すみません」
俺も頭を下げた。
「いいや、俺も少し笑ってしまった。それに喧嘩の理由は俺にもあるようだしな」
「いえ、そんなことは」
ナン侯爵は笑いながら、
「それにしても、お前みたいな根が真面目なやつから、こんな愉快な子が生まれるとはな。嫁さんがそんな性格なのか?」
「いや、ナン様も知っているでしょう」
「それもそうだな」
ナン侯爵はそう言い、さらに大声で笑い始めた。
そしてナン侯爵が笑い終わるのを待つと、
「いや、すまん、すまん。こんなに笑ったのは久しぶりでな。……で、俺がお前の息子をわざわざ呼んだのは少し話をしたかったんだ。」
「話っていうのは何ですか?」
俺は父さんが返答する前に声を出した。
何となくそうするのがいいと思ったからだ。
……これが探偵の勘ってやつかな?
「話っていうのは、君のことを目で見て話してみたかったんだ。でも、その必要がないって言えるほど君とお父さんのやりとりは面白かった」
俺は、さっきのことに少し恥ずかしさを覚えながらも、
「そうですか、では話の方を……」
「いや、もう十分君を理解できたと思う。それにいつまでも俺が君を拘束するわけにもいかないだろう。君を待っている友人がいるだろう。サイガ、ここまで息子を連れてきてくれてご苦労だった。引き続き、パーティを楽しんでくれ」
「え? いや、これから依頼が……」
「いえ、それぐらいどうとでも」
父さんはそう言って立ち上がり、俺に目で立つように指示した。
俺はその指示に従いつつも、
「え、探偵の出番……」
「それでは失礼します」
「おう、今度は家族全員で来い」
そうして俺たちは部屋を出た。
俺と父さんはナン侯爵との対談が終わり、パーティ会場に行くために長い廊下を歩いていた。
そして俺は一面じゅうに広がるレンガの模様をみながら父さんに話しかけた。
「結局、何がしたかったんだろう、ナン侯爵は。父さんはなんか分かる?」
俺はてっきり父さんが探偵のことを伝えていると思い、勝手ながらも難解な事件の依頼とか、その頭脳を貸してくれ的なことを想像していた。
「少なくても、お前の言う『探偵』の出番がないことは分かる」
「……ただまあ、あえて言うのならば、ナン様は最近ミスリルの新しい使い方を探しているらしい」
探偵がいらないことにムッとしながらも俺は会話を続けていく。
「ミスリル、確かこの世界で1番って言われる金属ですよね」
「そうだな、他にもアダマンタイト、オリハルコン、ヒヒイロカネともっと貴重で会ったり、頑丈な物もあるが、人が使うには1番扱いやすく、使われている金属だろう。今までは、その多くが武器として、剣や魔法杖とかに使われていた」
俺は少し父さんの思考を先読みして答える。
「でも最近は平和になってミスリルの他の使い方、具体的には生活水準が上がるような道具にするとか? 違いますか?」
「そうなのだが話し方がなんか変だぞ。そしてその頭をもっと他で使って欲しいと父は思うのだが!」
ふふ、俺が探偵としてやってみたかった相手のセリフを先に説明して『違いますか?』って言うのをやれた。とても嬉しい。
「話が逸れたが、それを一手に引き受けているのがナン様って訳だ」
「ふ〜ん、それがどうして俺に会うことに繋がるの? 別にその新しい使い方っていうのは成功しているように見えるけど? 光の魔道具や、冷蔵庫としての氷の魔道具とか」
「も、戻ったか」
「ゴホン、確かにそうだがそれら全ては魔王との戦争の時代からあった。軍のほんの一部の人間にしか使えなかったと付くがな」
「ということは、軍用技術を民間に伝えきちゃったって事?」
「そうだな、伝えられているものは全て伝えているだろう。そして、行き詰まってしまったナン様はお前からヒントでも貰おうとしたんじゃないか?」
「俺からなんかヒントが生まれかな?」
「さあ、これはあくまでも俺の予想に過ぎないから絶対とは言えないけど、概ね間違ってないと思う」
「そこまで、頑張らなくてもいいと思うけどな〜」
「これは、王様からの命令でもあるからな『戦いの時代は終わった。次は戦いじゃなく幸せを考える時代だ』そうおっしゃっていたからな」
「父さんって、王様に会ったことあるの? どんな人?」
一度も王様の話題を父さんから聞いたことがなかったので俺は驚きつつも王様の人物像を確認したかった。
王様は勇者を最大限に支援し、そして勇者を主軸とした戦略を用いて魔王との戦争に勝った、戦争で勇者と並ぶくらいの賛否を受けているらしい。この国における史上最高の賢王とも呼ばれるとも世間では評価されている。
でもこの手の話は王様の優秀な部下の宰相とかが作戦を考え、それを最終的に王様が決めるから、本当は最小とかがすごいんじゃないかと俺は疑っている。
そして俺は少しでもその答えを見つけ出そうと父さんに話を聞いたのだ。
父さんは悩みながらも王様に対する評価をし始めた。
「……そうだな。世間一般に言われている人並外れた頭脳の持ち主っていうよりは、人の意見をよく聞き、そしてそれをちゃんと判断できる人って感じかな。ある意味普通の人にはできないことだけど、ってあまりそういうことを外では言うな。人にとっては不敬だと喚くのもいるから」
そう言って父さんは周りを見渡した。
そして俺たちはパーティ会場の扉の前につき、また会場に入った。
そして父さんはニヤけながら早口で、
「さて、ポランにも友人が待っているようだし。俺も友人の元に行こうかな? じゃあまた後でな」
「……って、ちょ!」
俺も何か言い返そうとはしたがすでに父さんは人ごみの中に消えていた。
「ふっ、ふ〜、俺もかっこつけてないで友人作りするか」
この怒りのパワーを友人作りに生かしてね。