第9話 愛されてるって実感するね!
「いやー、なんか初々しい感じがデビューって感じがしたよね?」
「確かに! 年そんなに変わらないのにな」
「なんなら、アイドルとしてはヒナと同期だよね?」
クスクス笑うと苦笑いの陽翔。一緒にされたくないってその表情が物語っている。ファンたちがそんな陽翔に「おめでとう!」なんて声をかけていた。
「そう言われれば、俺も今年芸能界デビューでした、ありがとう! みんな」
「そのわりには貫禄ありすぎだよね?」
皐月たちもこのまま僕らのバックダンサーとしてステージに残るので、ちょっとした雑談を挟む。剣呑としていた陽翔も多少は和らいだように感じた。
皐月たちのほうも給水が終わって一息入れたようだ。僕らは最後の曲に向け、準備始める。離れていく陽翔と拳をコツンと合わせて位置につく。
「さぁ、いよいよ、ツアーファイナルもこの曲で最後になるよ! このまま、バックダンサーとして残ってもらうので、彼らのこともジスペリ同様応援してあげてね。あっ、でも、僕らへの愛情半減とかはなしでお願いね?」
「湊へもジスペリへも愛情満タンだよー!」
「私も!」
「俺も」
あちこちから、声援が聞こえてくる。嬉しい。嬉しくて、どうにかなりそうなくらいだった。
「あっ、じゃあ、俺も! 俺も湊への愛満タンで!」
急にマイクを持って現れた人物にハッとする。聞きなれた声に振り向くと、カメラもそちらを捉えた。四人を引き連れ、王様のようにこちらに向かって歩いてくるその人物を見て会場は湧き返る。
「すげぇな……、俺らのライヴジャックしてんじゃねぇぞ?」
「ジャックされてるって思っているなら、まだまだってことだろ? なぁ、湊?」
「同じステージに立つなんて、何考えてるの?」
僕は理性をかき集めて凛に微笑んだ。表情筋のひとつひとつにまで意識をして。
余裕があるように見えただろうか?
陽翔が少しこちらに寄ってくる。凛たちと対峙した。ステージ上の凛は教室で笑っていた高校生ではなく、『アイドルの頂点に立っていた王様wing guys水無月凛』としてこのステージに立っているから、その圧に負けそうだ。
……負けるわけがない。負けられない。隣にヒナがいるんだから。ここは、僕らのライヴ会場だ!
「バックダンサーでもしてくれる?」
余裕のある声で凛に話しかけると、後ろの四人……特にカンナが睨んでくる。
……おねぇ系に睨まれると迫力あるな。それを押さえている煌に感謝だけど。それにしても予想外すぎる。他事務所の同業者のライヴに乱入するとか、何考えてるの?
「……別にいいよ?」
「凛!」
「いいじゃない。それくらい。俺らから王冠を奪ったご褒美に1曲くらいバックダンサーしてあげる。すぐに、俺らがその玉座から引きずり降ろしてあげるけどね?」
いやらしい笑みを浮かべ、凛は陽翔を指さした。
「Hinatoだっけ?」
「あぁ、そうだ」
「湊についたこと、後悔させてあげる!」
「湊に振られたからって、そんなにいきんなよ?」
凛を見てクスっと笑う陽翔。それこそ、凛には出せない雰囲気を纏うので、一瞬目を細めていた。
「まぁまぁ、そこまでにしてくれる? ほら、僕らの愛し子たちが、待っているからさ……凛」
「あぁ、わかっている」
圧倒的歌唱力と言われる凛は、その声量もひとつだ。この広いドーム、マイクなしでタイトルコールをしてしまった。その瞬間にバックモニターに映し出されるタイトルと急遽、僕、陽翔、wing guys、皐月たちと4分割にされるモニター。鳴り始めたイントロに合わせて、最後の曲が始まった。
始まってしまえば、あっという間に終わる。たった4分そこらの曲だ。短く感じた。バックで踊っている凛たちの圧もすごいが、それに負けたくない! と陽翔の熱い気持ちが伝わってくる。
本来はメインステージに戻る予定だったのに、バックダンサーとしてwing guysがいるので、結局、1番後ろの島で歌う羽目になった。
そこから捌けて、僕らはアンコールへ向かう予定だったのに、大幅に変わってしまった段取りに臨機応変に対応していくしかない。
……ライヴは生もの。何があるか……わからないから。それにしても、わけのわからないことが起こりすぎている!
凛たちと一緒に花道を通ってメインステージに戻ることになった。その間、カメラは回っているし、もちろんファンには手を振ったり、ずっと会話をしている状態だ。走って戻らないのは、今日来てくれているファンと少しでも長い時間を共にしたい……そんな思いもある。
メインステージに戻った。そう、ライヴが終わったのだ。予定より大幅に時間は超えてしまったのだが仕方がない。誰かと誰かのせいでトラブル続きなんだから。
最後の挨拶をする。凛と皐月にこっちへ来るように手招きをして呼び寄せる。陽翔が笑顔で凛と皐月を睨んでいるが、口に出さないなら無視だ。
「今日はデビューおめでとう! アイドルとして、僕らとこれからも切磋琢磨していこうね。よろしく!」
握手をしようと皐月に手を出すと驚いたあと、僕を一瞬見てから後ろにいる陽翔の方を見て確認している。引きつった笑顔の陽翔を見てため息をついた。
「ヒナ?」
「何?」
「こっちきて……」
素直に僕の隣に並んだ陽翔を身構えるように皐月は一歩下がった。
ヒナに苦手意識ついちゃってるし……どうすんの? これ。
「はい、皐月くんと握手」
僕が陽翔にニッコリ笑いかけると、僕に笑い返してそのまま皐月と目を合わせないまま握手をしている。陽翔には、そのまま他のメンバーとも握手をさせた。僕は、そのあとに続いて握手をする。
「凜も……これからもいいライバルでいて」
凛は差し出した手を掴んで自分から手のひらを見せるようにしてした。片手でハイタッチをしていく。wing guysの面々も倣ってしてくれた。彼らは握手というより、対等でいたいからよろしくはしないという感じなのだろう。
「後輩とwing guysに拍手をお願い! カッコいいバックダンスをありがとう!」
そういうと、二組のグループが手を振って捌けていった。ステージに残ったのは僕ら二人となった。
「じゃあ、僕らも予定が狂っちゃったけど……ラストの曲歌っちゃったので……今日のステージは終わり」
「なんか、すごい寂しいけど……」
「今日、着てくれたみんな!」
「「ありがとう!」」
二人で深々と頭を下げると拍手が聞こえてくる。そんなことでも嬉しかった。
……嬉しい。もう、今日、全部終わっても……いい。
「みんな、これからもジストペリドの湊と俺をよろしくなっ! また、このドームでコンサートできるよう、いっぱい俺らのことを愛して!」
ちゅっ! っと陽翔は客席に投げキスをして僕の背中を押して手を振りながら袖にはける。
早着替えをして、アンコールの準備だ。
そう、みんな、本当に最後の曲を待っている。僕らがもう一度ステージに戻ることを願ってくれている。
バタバタと汗を拭いて着替えをする。最後はライヴTシャツに着替えるだけだ。
「ヤバい、ヤバい、ヤバい! 心臓痛い!」
「今更?」
「今更。もう、ヒナが凛と皐月に喧嘩売るから、冷や冷やしたじゃん!」
「悪かった」
「本当にそう思ってる?」と覗き込んで見上げると頷いた。ペットボトルから水を飲んでいると、「湊」と名を呼ばれ振り返った。そこには三日月がギターを持って立っていた。
「つっきー! さっきはごめんね? 挨拶もできなくて」
「それはいいんだけど、アンコールは何すんだ?」
「聞いてない?」
「新曲は聞いてる」
「アンコール2曲歌うんだけど、1曲目に『プロローグ』歌うから準備しておいて」
「わかった」と三日月はギターの音の調整をしている。
「それにしても、アンコールの声、すごいな?」
「そりゃ、天下のアイドル様ですから。愛されてるって実感するね!」
ステージから聞こえてくるのは、「アンコール」のファンからの掛け声。思わず頬が緩んでしまう。
「湊、行こう!」
「おぅけぃ! つっきーも頼むよ?」
「おぅ! 任せておけ!」
アンコールに応えるため、ステージの裾に向かう。コールに合わせてペンライトが光って揺れていた。
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