表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/12

第7話 湊の感情のダム決壊だ!

 午前中のリハーサルも終わり、いよいよ今ツアーラストステージとなる。飄々としていた陽翔もなんだか落ち着かないのか、楽屋の中で行ったり来たりを繰り返している。


「落ち着いたら?」

「えっ?」

「さっきから、そこ、何回歩けば気が済む?」

「歩いてた?」


 うんと頷くと陽翔は自覚がなかったようで、こちらに戻って来て隣に座る。その表情は少々硬い気がして笑ってしまう。


「何?」

「顔が怖い!」

「意味がわからない」

「今、どんな表情してるかわからないの?」


 真希が置いて行った手鏡を渡すと「やべー顔!」とやっと気がついたようだ。そのあと、どうしたら? とくることは予想済み。

 こちらに向き直る陽翔を抱きしめる。


「湊?」

「僕の夢の舞台に立ったからって、ヒナは何も変わらない。ライヴ自体を楽しめばいいんだ。今までもそうだっただろう?」


 少し早いように感じていた鼓動がほんの少しだけ緩やかになった気がする。


 これでヒナは大丈夫。ヒナのためを思って抱きしめたけど、僕も相当緊張しているんだな。


「……いつも通りに楽しむ?」

「そう。ヒナは最初から楽しそうにしていたじゃない?」


 シラユキを初めて踊った日、先生にレッスンをつけてもらった日、デビューの日、ツアーの始まりもその間も。


「緊張はしていても、いつも楽しんでいたよ。ほら、もうすぐ、始まる。行こう! 僕らのライヴに!」


 陽翔から離れとびっきりの笑顔を向ける。勢いそのままに陽翔の手を取り、ステージまで駆けて行った。


「湊と陽翔くん!」

「小園さん!」

「今呼びに行こうとしてたんだ。準備はいい?」

「もちろん!」


 小園が僕らにヘッドセットを渡す。それが始まりの合図だ。


「俺はこのままステージ袖にいるから、何かあったら知らせて!」

「任せて!」

「睡眠は?」

「バッチリ、絶好調!」

「ヘッドセットもいいね! みんな、今日もよろしくねっ!」


 袖で待機しているスタッフに声をかけ、陽翔と仕掛けの場所まで移動する。


「始まるよ!」

「ジスペリでファンも楽しんでもらおう! 行くよ!」


「おう!」の声と共にメインステージにライトが当たる。その瞬間、何万人もの声が僕らに届いた。今までで1番大きな声援が嬉しいが、1番最初はダンスナンバー。ここでこけるわけにはいかないとアップテンポなダンスを踊る。陽翔も持ち前の明るさで、すでにファンを煽っていた。


 ……始まりは上場。


 この曲が終わってからも怒涛のダンスナンバーが続き、4曲目までに花道の先にある小さなステージに向かわないといけない。


 ……ちょっとヒナが遅れてるかな? ていっても、たいした遅れじゃない。


 ファンを指差しながら、走って歌って踊って跳ねて。なかなかのハードモードだ。先生の「若いんだから!」の一言でもうそろそろ息が上がりそうだが、目的の島に到着した。

 ドームにはドームのいいところがある。

 まず、たくさんのファンが同じ会場で一緒にライヴを楽しめる。

 次に広いからこそ、花道や島などを作ることができる。後ろの方も見えるので、手を振ると振り返してくれる。陽翔は陽翔で何かしているのだろう。曲の合間に陽翔を呼ぶ声が微かに聞こえてくる。


「今日はジスペリのドームライヴに来てくれてありがとぉー!」

「うわっ、湊がMC始めちゃった!」


 のんびりしてた陽翔が僕の声が聞こえたのか飛んでくる。


「ごめん、遅くなった!」

「ヒナトしっかり!」


 MCになって急に笑いで始まる。正直なところ、ちょっと恥ずかしい。

 でも、二人とも緊張していたので、吹っ飛んだ気はする。


「遅いぞ!」

「ごめんって! いやードームって、思ったより広いし、みんなの顔を見ながらだったから……許して?」


「ねっ?」とこちらにウィンクなんてしてくるが、許すも許さないもない。楽しんでくれているファンがいるなら満点だろう。


「全然いい! ファンがあっての僕らだから。じゃあ、改めてまして……」

「「ジストペリドですっ!」」

「今日は大きな会場で、開始早々ごたついてるけど、楽しんでいって!」

「湊は今日、すごい楽しみだったんだよな?」

「もちろん! 僕の目標だったから。楽しみすぎて、朝、めちゃくちゃ早く目が覚めた!」

「あぁ、だからか…」


「だからって?」とファンから質問が飛んでくる。みんな興味があるのだろうか?


「んー湊と俺の秘密っ!」


 急に肩を抱き寄せるのでびっくりしたが、笑顔は作ったままでいられた。


 んーそういう噂が絶えないのって、たぶん、ヒナのせいだよなぁ……。

 おかげで次の曲にいきにくい。どうしてくれるんだ?


「湊、次いこうか?」


 肩から手が離れ少し寂しい……ような気がしながら、僕らは少しずつ距離を取り始める。さっき来た方とは反対側にゆっくりと歩き始めた。


「again」


 少し早いテンポを下げるようにバラードを歌う。さっきは急かすようなアップテンポだったので、今度はよく観客が見えた。あちらこちら見てまわれる。


 歩き始めると、ステージに戻るまで手を振ったりと忙しい。ゆっくりめの曲なので、今度はよく見て戻れる。

 反対側にいる陽翔を見るとこっちに向かって手を振っている。


 ……仕方のないヤツ。


 振り返すと、今度は飛び跳ねてる。まだまだライヴは始まったばかりで、体力配分できているんだろうか? と思うほど、テンションが高い。


 ……僕より実はヒナのほうがテンション高いんじゃない? 倒れなきゃいいけど……。


 メインステージに戻ってきて、また、パンと片手でハイタッチをすれば、場所を入れ替える。

 いつもの立ち位置に肩の力も抜けて、次の曲へ。


 この半年、いろんなことがあったな。


 キラキラとペンライトが光る観客席。たくさんの光がとても温かく感じる。


『湊の夢の舞台、私も見届けに行きます!』


 有言実行、ひつじちゃんがいた。


『大阪ライヴ最高でした! ジスペリになっても一生ついていきます!』

『大きな会場になって、湊くんと少し遠くなった気がします。でも、ずっと、大好きだったから……湊くんが目指していたところでライヴできるのが嬉しい!』


 ファンレターを思い浮かべ、今日来ているかもしれないファンを思った。

 ライヴは3部に分かれる。この後着替えに戻るのだが、後ろの大きな画面に映像が流れる。

 何が流れているかというと、例の化粧品CMのメイキング。

 月影監督はアシスタントの教育をするため、しばしば、現場でハンドカメラを回していることがある。素で監督たちと笑い合いながら、CM撮影をしている様子が流れるとさっきまでの熱が引いていく。僕と陽翔の笑い声や僕のしていた陽翔への演技指導みたいなものなんかがおさまっていて、あのCMを作るのにどんなふうだったかが全て詰まっていた。


「湊くんって普段あんなふうに笑うんだね」

「ヒナはミナにちょっかいかけすぎ!」

「二人ともふざけ合ってて、こんな映像、貴重すぎる!」


 メイキングが終わったら第二部の開始だ。バラードから始まる今回。しっとり聞かせる曲が多く用意されている。


「number」


 僕がタイトルコールをするのと同時に画面も変わる。


『キミのnumberは今でも覚えている

 アレからどれほどの月日が流れていったはずなのに』


 失恋ソングは苦手だった。恋をしたことがなかったから、失恋するというのがどれほどのものかわからず、言葉だけをなぞって、メロディを拾っていた。

 ……今までは。今なら、わかる気がした。

 失恋したときの痛み、苦しさ、前を向くなんて無理だ! っていう気持ちが、胸に広がり息苦しさを覚えた。


 頬を涙が伝っていく。ライヴで何度も歌ったこの曲も、今日は苦しさを伴う。


 ラジオ番組で恋愛相談が来ることもある。ファンの子に本気で向き合って、話はしていたけど、そこまでの感情が伴っていなかった。


 僕の異変にいち早く気がついた陽翔が隣で歌っていたのにも関わらず近づいてくる。

 間奏になった瞬間、僕の頬に触れ、涙を拭っていく。


「湊の感情のダム決壊だ!」

「ヒナ、戻れって!」

「こんな湊を置いて戻れないじゃん!」


 衣装で軽く目元をぬぐう。化粧は取れてないだろうか? と考えていたら、急に手を握られる。

 左右に分かれ後方のアイランドに移動した第一部と違い、今度は真ん中、中央の花道を通って、中間部分にある島に向かって歩いていく。

 その間、しっかり握られた手は僕から離れていかず、陽翔の逆の手はファンに向けて手を振っている。

 僕も握られた手を硬く握り直す。そのまま逆の手で、同じように手を振っていく。

 2部始まってから三曲目で移動するのは早すぎるのだが、気にせず、ゆっくり歩いていった。

 握られた手の感覚だけに意識しないように努めた。意識しないようにすればするほど、その温かさを意識してしまう。観客席からの声も聞こえないほどに、今日はやたら陽翔から逃れられなくなっている気がした。

 島に着いて次の曲のために離れていこうとする陽翔の手を無意識に引っ張っていた。振り向きざまに繋いだ手に力が入ったので、驚きの顔でこちらを見ていた。


「どうかした?」


 ヘッドセットに声が入るので口パクで話しかけてくる。正直、自分でもよくわからない行動に驚いたのだから言葉にもならない。

 ニコッと笑うだけにして、繋いだ手を上に振り上げた。そのまま上で手を離し、宙に浮いた陽翔の手にハイタッチをして次の曲の準備のために背を向けて歩く。

 背中に刺さる視線を無視したら、陽翔も配置へ向かったようだ。


 ……何、やってんだ? 僕は。今、ライヴ中じゃないか。何やって……。


 視線を落とし、目を瞑る。素の『如月湊』になっていたことを反省した。

 イントロが流れてきて数秒。1歩目のステップを踏み出すと同時に『アイドル如月湊』へと切り替える。


 ほら、なんでもない。『アイドル如月湊』は今日も僕らしく歌って踊るだ。

 この憧れてやまなかった東京のドームで。相棒と一緒に!


 歌が始まり、陽翔の高い声が僕の声に重なる。一人では薄っぺらく聞こえていた歌も今は心地よい。


「まだまだ、行くよー! 東京!」


 第二部の終わりも見えてきた。ステージ最後まであと1時間。

 最高の1日になるように、衣装を着替えにステージ袖へとはけていく。

 同時に始まったのは、『シラユキ』のPV。元々僕だけが歌っていたものを撮り直したのだが、まだ、公開されていなかった。

 初お披露目で会場が沸いているのが、着替えている僕らにも聞こえてきた。

最後まで読んでいただきありがとうございます!

よかったよと思っていただけた読者様。

ブクマ、いいね!下方にあるポイントをポチっとお願いします。(o*。_。)oペコッ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ