第3話 張り切っていこう!
休日は家で引きこもりたい、僕はそういう人種であることを自覚している。ゆっくり休養を取ることはとても大事なのだ。特に倒れてからは気を付けていた。
「湊! その可愛いカチューシャは笑える」
「うるさいよ?」
「いいじゃん! テーマパーク来たって感じで」
「確かに……。ヒナは普通過ぎない?」
「そう? 俺もそっちにすればよかったかなぁ?」
僕の頭の上についている耳を見ながら悩んでいる陽翔。なんていうか、可愛い。
「それにしても人多いな……」
「休日だからこんなもんじゃない?」
「そうなんだけど、まさか朝起きていきなりテーマパークに連れ出されるとは思ってもみなかった」
朝の5時。いきなり寝室のドアが開き、驚いて起きた。ゲストルームにいるはずの陽翔が制服を着てキラキラした目でこちらを見ている。まだ、半分以上眠っている僕に近づき揺さぶってきた。
「湊、天気がいいから、外に行こうぜ!」
「……外って今何時?」
「うーん、朝の5時」
昨日から泊っている陽翔と恒例のよそのアイドルPVチェックをしながら話し込んで寝たのが3時。2時間ほどしか眠っていないのに、どこからこの元気は出てくるのか、しょぼしょぼした目を陽翔に向ける。
「もう少し……」
「寝たら昼まで寝そうじゃん! なぁ、俺ら修学旅行も行けないわけだしさ、制服着て修学旅行の定番テーマパーク行こうぜ!」
高校2年である僕たちは2月に修学旅行がある。今年は沖縄だと聞いていたが、芸能コースである僕はまず行けない。陽翔は特進クラスだから行こうと思えば行けるだろうが、今の状況を考えると無理だろう。修学旅行なら、その時期に行けばいいんじゃないだろうか? と回らない頭をフル回転させてみたが、うまく回っていない。
「今日じゃないとだめ?」
「今日じゃなくてもいいけど、これを使おうと思います!」
陽翔の誕生日がワールドツアー真っ最中でプレゼントを用意できなかったため、急遽『できることなら何でもしてあげる券』と小学生の『肩たたき券』のようなものを渡していた。3枚つづりのそれを使うらしい。
「……それね、今日使うんだ?」
「今日使うんだなぁ! 張り切っていこう!」
ノリノリの陽翔を止めるわけにもいかず、僕も渋々制服に着替える。と言っても、ブレザーを着てしまうと、どこの高校かバレてしまうのでとりあずカーディガンを羽織る。のろのろとキッチンへ向かうと、朝食がすでに用意されていた。
「……用意周到だなぁ」
「いいじゃん、早く食べていこう!」
なし崩し的に電車に乗り、テーマパークへ向かう。入場券も1日パスもすでに買ってるようで、入園直前に渡された。せっかくだからということで、もう、男子高校生だけではイタイのではないかという羞恥心をかなぐり捨てて現在に至る。
「……さてさて、せっかく来たんだからプランはあるわけ?」
「えっ? プラン?」
きょとんとする陽翔に、はぁ……と盛大にため息をついてやる。そう、テーマパークと言えば、あるのだ! 回る順番が。
「陽翔ってあんまりこういうところ来ない感じ?」
「うーん、そうだな……向こうにいるときは、結構行ってた気がする。写真がいっぱいあるから」
「そっか……アメリカが本場だよなぁ」
全世界誰もが知っているであろうキャラクターを見つめる。そこかしこのいたるところで目に付くようにいるのだ。ここ夢の国は、修学旅行の定番であると同時にデートの定番といってもいいだろう。SNSに載せる写真もさぞかし映えることだ。せっかく来たのだから、金に物言わせて、思い描く楽しい1日を満喫しようと考えた。
「じゃあ、ちょっとあっちから回ろう」
僕の頭の中にあるイロイロを考える。実はあまり来る時間はないけど、年間パスを持っているうえに、株主だったりする。このあたりをいうと、夢の国ではなくなるのだが、お金があるから楽しめる夢の国があってもいいだろう。
「ヒナはパレードもみたいよね?」
「もちろん!」
「他にはしたいことある?」
「うーん、絶叫系は……行きたいかな?」
「好きなんだ?」
覗き込むように『好き』を強調させて聞いてみると『好き』と返ってきた。特に意味は持たないだろうが、少し顔が赤い気がする。誕生日プレゼントの変わりだとすれば、最高のおもてなしをしようと「任せておいて!」と胸を叩く。
「湊ってこういうところ来るの?」
「年間パス持ってるし、なんならVIP対応いけちゃいますけど?」
「はぁ? それ、早く言って……俺の1万円が」
「その値段以上に楽しませてやるから、安心しておいて!」
コンシェルジュのいる案内所へ向かうと見知った女性がいた。微笑みかけると「ようこそ夢の国へ」と笑いかけてくれる。
「如月さま、本日はどのようなプランをご要望でしょうか?」
別室に通されたあと、「Dプランでお願いします」といえば、すぐに「かしこまりました。ご予算ですが……」と続くので、黒いクレジットカードを渡した。
「どうせなら、泊っていく?」
「……もう、お任せします」
意気消沈している陽翔に笑いかけると、「……湊って、湊って……」と呟いている。
「いつも未彩としてることだし、気にすることなんてないよ」
「未彩と来てるの?」
「そう。僕、そんなに心許せる友達いないからね。つっきーと1回来たときは地獄だったけど……」
「三日月さんとも来てるんだ?」
「もっぱら一人が多いけどね。夜のパレードだけ見に来たり」
「パレードって……あれだよね? 場所取りしないといけないんだよね?」
「なんのために僕がいると思っているわけ? めいっぱい遊び倒そう!」
夢の国もビジネスなのだ。身もふたもないと言われればそうなのだが、『ある』のだ。積むものさえ積めば。
コンシェルジュに今日のスケジュールだけ簡単に説明をしてもらって、特別なカードを発行してもらう。この魔法のカードは、陽翔を次の朝まで楽しませてくれることになったので満足だ。
「湊って、なんでもやってのけちゃうんだね?」
「そんなことないよ。夢の国で夢のないことしてる自覚はあるけど、ヒナとの思い出はプライスレスでしょ?」
「……俺、一生ついて行きます!」
「何言ってるの? しっかり遊んで、しっかり食べて、パレード見て……明日の仕事に備えよう」
頷く陽翔の手をひき、絶叫系を順繰りに回っていく。特別な扉を何度も通り抜け、効率よく回る僕の隣で楽しんでくれているのを見て満足した。
「まさか、あのキャラと写真が撮れるとは……思ってもみなかった」
「朝飯前でございます」
「SNSにバンバン写真あげたいな……」
「今日はダメ。明日の……そうだな、昼くらいから順繰りにあげていこう。あたかも、明日、僕らが夢の国で遊んでいるかのように」
「わぁ、感じ悪」
「そういうのは、大事なんだよ。僕らだって、普通に遊びたいしね? だから、今日、誘ってくれたんでしょ?」
陽翔を見れば頷いていた。仕事が忙しい……それは本当だ。ジストペリドとして再デビューしてから世界が一変した。高校生だから仕事がセーブされているところもあるけど、今も大事にしたいと陽翔との出会いで思っている。
「そうだよ。湊って、俺より仕事詰めてるからさ。遊べるときにこうして遊びたいなって」
「ヒナはいいの? クラスに友人もいるだろ?」
「いるにはいるけど、デビューしてからはちょっと距離を感じるというか、元々転校生っていうのもあって、物凄く仲のいい友人はいないかなぁ?」
「……いいのか?」
「勉強は好きだし、大学は行きたいって思っているから。成績も落とさず、自分ができる精一杯で俺なりの人生を歩みたいし、湊に置ていかれないように必死でもあるんだけどな」
パレードのフィナーレに花火が上がっている。二人だけの席でその花火を見上げた。
「……また、連れてきてよ。俺が誘ったはずなのに、完全にエスコートされちゃったけど楽しかった」
「いいよ。また、二人で来よう」
「写真もいっぱい撮ったし、あぁー楽しかった。湊様様だなぁ」
「本当の修学旅行のときは、ヒナの地元行く?」
「うーん、他にも行きたい場所あるから、そっち行きたい。そういや、文化祭の日もどっか出かけようよ? 1日だけだけど……」
「あぁーじゃあ、あれがいい」
「何?」
「電車に飛び乗って、とりあえず何も決めないでいくやつ!」
「青春だなぁ?」
「やってみたいんだって!」
「楽しみにしてる!」
次の日の朝、朝食バイキングで腹を満たした僕らはツアーファイナルに向け、練習へと向かう。定期的にSNSに載せる昨日撮った写真は瞬く間に拡散されたようだ。昨日遊び倒したおかげで、今日は身も心も軽く、打ち合わせに来ていた三日月が僕らのSNSにあがっていく写真を見て、何とも言えない表情をしていた。
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