最終話 「永久」
「湊、陽翔くん……ほら、ついたよ?」
「……小園さんありがとう」
僕らは、クルマからのそのそと降りた。「大丈夫?」と小園に言われたが、「部屋までは頑張る……」と返事をして、お互い倒れないように肩をくんで一緒にエレベーターに飛び乗った。マンションの部屋に入ってもフラフラだ。
「ヒナはあっちだよ?」
「……あっちの部屋までも無理」
珍しく疲労困憊である僕らはそのまま僕のベッドへ二人でダイブした。ギシっと音がしたのと、手に持っていた薔薇の花束のうち何本かを下敷きにしてしまったようだ。甘い薔薇の香りが部屋を包む。軽くシャワーをドームの控室で浴び、ジャージで帰ってきたので着替えなくてもいい僕らはそっと目を瞑る。
「……おやすみ」
「おやすみ」
そのまま僕らは一瞬のうちに深い眠りについた。
◆
翌朝、目が覚めると、甘くいい香りがするなぁ……と鼻をクンクンとさせる。そんな僕は突然キスをされた。もう日が昇っているようで、あたりは明るく重い瞼をゆっくりあげたが、眩しいとギュっと目を閉じ直す。
「……起きた?」
「ヒ、ナ?」
「ん。そう。おはよう」
「……おは、よう?」
眠気眼だった僕は目が一瞬で覚めた。いつの間にか被せてくれた布団からガバッと起き上がった。
「どうかした?」
「……何もない? ヒナがなんで?」
「さぁ、何ででしょう?」
クスクス意味ありげに笑う陽翔。目を数回パチパチして見つめると、「もう少し眠ろう」と提案されるが、今の状況に目が覚めてしまったので首を横に振る。
「じゃあ、寝なくていいからここに寝転んで。あぁ……その顔は警戒してる?」
「……何を?」
しらをきってみるが頬が熱い。さっきまで寝顔を見られていたのも恥ずかしいが……それ以上に考えることがあった。
「まぁ……いい傾向なのかなぁ?」
「……いい傾向?」
「そう。あぁ、でも、警戒しているところ悪いけど、全く何もないから。俺ら昨日あれからついさっきまで爆睡してたし、それにねぇ?」
意味ありげにこちらを見上げてくるので、じろりと睨んでおく。何はともあれ、貞操は守られているようだ。
「俺、もう少し寝るけど……湊は?」
「水でも飲んでくるよ」
部屋からスマホだけ持って出ていく。記憶を辿っていくとドームから帰ってきたまま、疲れて本当に寝てしまっていたようだ。蛇口からコップに水を汲んでソファに軽く座る。昨日のライヴを思い出しながら、体をソファの背もたれに預けた。
ライヴをひとつひとつ順番に思い出したとき、陽翔がくれたサプライズの薔薇の花束へと行きついた。寝室の床に落ちていた薔薇。ベッドにも薔薇の花びらが散らばっており、髪に微かに薔薇の香りがしている。
スマホを取り出し、検索画面を表示する。スライドしながら文字を入れていった。
「……赤、薔薇、108本? だっけ?」
検索画面で調べ、1番初めの検索結果を押すと、赤薔薇の花言葉と本数の意味というのが表示された。108本の説明書きのところを見て驚く。「永久」と「Mary me!」と出てきた。
「……これ、そういう意味? 受け取ったあと、返品不可とか言ってなかった?」
「言ったよ? 覚えていてくれたんだ?」
「……そうだね」
「歯切れが悪いなぁ……。それより、薔薇の意味を調べたんだ?」
「寝る」と言っていた陽翔がソファの後ろから僕のスマホの画面を覗いていた。
「……これって」
「そのままの意味。俺、湊が好きだ」
「えっと、その……LIKEのほう?」
「もちろんLOVEのほう。俺、湊もかなって思ってるんだけど?」
少しソワソワした雰囲気を出している陽翔。僕の心を見透かされているようで狼狽える。ただ、あのCM撮影の時点で僕の気持ちは全国に流れているあの表情をみればわかっていたことだ。まさか、陽翔から何か行動を起こすなんて思ってもみなかったし、近すぎる友情で終わるのだって、この恋と呼んでいいのかわからない感情を諦めていた。
「……湊、付き合おうよ? 俺らのファンは公認してくれたみたいだよ? 昨日のライヴで」
「……薔薇の花束の意味なんて知っている人ってどれくらいいるわけ?」
「ここに一人、知らない人がいたわけだけど……有名な話だし、女性ファンが多いから『おめでとう』って聞こえてきたんじゃない?」
「……じゃあ、結構な数の人が知っていたというわけか。なんか、してやられた感があるのはなんでだろうね?」
「狙ってしてるから。ねぇ、湊」
「……何?」
「返事は?」
僕はこれからのことを考えた。どう考えて、付き合うべきではない。人気商売であるならなおのことだ。でも、胸にある弾むような温かい気持ちは、陽翔に早く胸の内を打ち明けろと言っている。
「なんかムカつくけど……」
「けど?」
ソファにもたれかかっている陽翔の首をグイっと僕の方に引き寄せ、答える代わりにキスをした。
「じゃあ、これからもよろしく! 湊」
「うん」と応えれば、嬉しそうに笑う陽翔。これでよかったのだと、僕は自分の心に素直になることにした。
思えばあの日、河川敷で聞いた陽翔の声に僕は魅せられた。アイドルの底辺にいた僕を救いあげてくれたのも、新しい夢を見せてくれたのも陽翔だ。僕に幸せをくれるのはいつも陽翔だった。
初めて会った日、僕はこうなる『運命』だったのだとうすうす気づいていたのかもしれない。
「一度しか言わないよ?」
「ファンにはいっぱいいうのに?」
「そうだね」
「俺も湊のファンなんだけ?」
「そうだけど、そうじゃない。陽翔は僕の『特別』だから」
「……『特別』なら、もっと愛の言葉を欲しがるけど?」
クスクス笑う陽翔に耳元で「好きだよ」と囁けば、僕の好きな色気あるバリトンで「愛してる」と囁き返された。
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