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第10話 あぁ、幸せ

 ペンライトとアンコールの声だけが響くドーム。ステージから見れば、満天の星空のようでとても幻想的であった。


「湊、グズってるとちゅーするよ?」

「な、何言ってん……だ」

「新曲なんだし、張り切ってもらわないと」


 クスクス笑いながら、ステージの真ん中まで歩いて行く。大掛かりな舞台装置は今回ほとんど使わなかったため、三人で歩いているところだ。

 ステージの真ん中についたころ、真ん中に立つ三日月にスポットライトが当たる。

「きゃー」と僕らに対して黄色い声を出そうとしていたファンの女の子たちの戸惑いの「きゃー」に不憫さを感じる。


「どうも、こんばんは! ストリートキャットの三日月です。あぁーまず、俺にスポットライトが1番に当たるなんて聞いてません! どうか説明を!」

「僕も聞いてないんだよね?」


 そう話しかけたとき、僕にもスポットライトが当たった。

 アンコールのMCは完全にフリーと言われ、よくわからない社長の無茶振りを今、感じているところだ。


「俺は湊が『ゲストの三日月さん』です! って紹介をしてからだと思ってた」


 陽翔にもスポットライトが当たったので、今度こそ、ちゃんと用意してくれた『黄色い声』を僕らに届けてくれた。


「完全に社長の手のひらの上で転がされてる! 聞いてる? 社長!」

「あっ、ぐぅ! なんて、親指立ててるよ……」


 わざとらしく陽翔と合わせて深いため息をついた。


「それにしたってさ、俺にもその黄色い声をくれぇー!!! 湊とヒナトだけってズルくない? てゆーか、なんか、戸惑ってたし!」

「みんな、つっきーにもお願いできるかな?」


「ねっ?」とウィンクなんてしてみると黄色い声がとんで……いや、野太い声も聞こえてきた。それに1番笑い始めたのは三日月だった。


「何? 湊のファンは男性ファンが多いの? いいね! 俺、そーゆーの好きよ?」

「どういう意味かわかんないけど?」

「湊のファン、声出してこー!」

「「「うぉー!!!」」」

「ヒナトのファンも声くれー!」

「「「きゃー」」」

「俺のファンも声!!!」

「「「みつるー!!!」」」

「わっ、俺のファンもいるじゃん! ありがとう、ありがとう、テンキューラヴュー!!!」


 どこに向けてかわからないが、投げキスをしている三日月の肩をちょんちょんと指でつつく。


「何? 湊。羨ましいの?」

「このままほっておくと、全部持っていこうとするだろ?」

「そりゃ、そうだよな?」

「困る! 俺らのアンコール。三日月さん、オマケ!」

「こらっ、ヒナト! その言い方傷つく……」


 ショボンとする三日月も若干はしゃいでいるように見えた。このドームは特別なのだろう。音楽をしているものにとっては。


「つっきーはドームツアーしたことあるだろ?」

「あぁ、もちろん。俺、一応、日本の音楽業界引っ張って行ってる側だから。でも、全然、景色が違う。俺らとは全く……」


 空気をすぅーっとすうと、マイクに向かって叫んだ。多分、歌うのだろう。つっきーには居心地が悪いと言われているようで、なんだか嬉しい。


「ジスペリのファン、声出してくぞ! せーの!」


 そういった瞬間、バックモニターに僕の名前が映される。今までの僕の活動してきたことが映像として流れている。

 会場が湊のコールで響く。


 ……ヤバい。泣きそう。


「湊!」

「ミナー!」

「大好きだぞ!」


ドームのあちらこちらから聞こえる僕の名前にもうどう反応していいのかわからない。泣きそうになりタオルで目元を押さえる。


「ヒナ、かっこいい!」

「エロヒナだ!」

「きゃー!!!」


 

そんな声に反応してバックモニターを見れば、陽翔の活動も流れていた。そのどれもに僕が映っていて、一緒に歩んできたんだなと実感した。

 映像が変わる……。次は……と見ていると、カウントダウンが始まった。今までなかった演出に僕は慌てた。


『3』


……


『2』


……


『1』


……


『プロローグ』


 バックモニターにタイトルが流れたときには、三日月はギターを掻き鳴らしていた。イントロが始まり、陽翔とアイコンタクトを取る。


 マイクを手にとり、歌いだす。



「「さぁ、始めよう……僕たちの物語を」」

「真っ白な紙に 俯いていた僕のことを書いたよ」

「悔しくて苦しくて泣き叫んで くしゃくしゃになった」

「それでも諦められない」

「「大切なこと 教えてくれた」」

「描いてた夢は 残酷で絶望的で」


 ……あぁ、本当に夢でも見ているようだ。この景色を見るために、僕は……。


 我慢していた涙が溢れそうになり、堪えながら見えないように目元を拭う。

 今日はある意味絶好調の陽翔が、飛び跳ねて狙ったようにこちらに駆けてくる。歌ってる最中に来るなっ! とも言えず、ドーンと抱きついてくるので抱き止めた。満面の笑みに僕まで引きずられる。


「「聞こえてくるメロディを今は僕が優しく奏でる」」

「描いてた未来は いまでも輝いてるよ ページをめくって 新しい僕らの物語の始まりだ」


 音が鳴り止み、一瞬の静寂がドームに広がった。


「つっきーありがとう!」

「おぅ、ありがとさん!」

「三日月さん、大好き!」

「えっ? ヒナト?」

「ヒナトじゃダメ?」


 可愛こぶって小首を傾げてる陽翔の姿がバックモニターに映って、客席がすごく沸いている。若干引き気味の三日月ではあったが、満面の笑みを作って陽翔に抱きついた。


「今晩、待っているよ?」なんて意味深な言葉を残して、去っていく三日月にツッコミどころ満載だ。「ヒナ?」と呼びかけると、「三日月さん! 打ち上げ楽しみにしてます!」なんて、袖でやってほしい会話を繰り広げてしまった。

 僕は手をおでこに当てて首を振る以外できることがなかった。


「さぁ、邪魔者がいなくなったので!」

「こらこら、ヒナ。邪魔者とかいうもんじゃないよ?」

「まぁ、ね? 今日、本当に油断ならないよね? そうは思わない?」


 客席に謎の呼びかけ。それに応えるのは数人かと思えば……予想を反して「思う!」の多数の……ドームに響き渡るくらいの声。

 何に思ったのか……正直、聞きたい。聞いていいのか? と悩んで、口を噤んだ。


「アンコール、ありがとう! 新曲も発売になるし、今日の映像が販売されるんだよー!」

「湊が下世話な話を始めたぞ?」

「いや、今日、いろいろあったから、このハプニングを含めて、僕らとの思い出にしてほしいって」

「あぁ、なるほどね? 俺らもたぶん、これ、何十回、何百回も見るんだろうね?」

「きっとね?」


「どうしてみるの?」と客席から声がかかった。声のするほうを向いてニッコリ笑いかける。


「みんなとの思い出をずっと覚えていたくて」

「まず、湊って、ライバルのPVとか穴開くほどみるからね?」

「ヒナだってそうじゃん! 最初の『シラユキ』の完コピ、僕のPV見ただけでしょ?」


「えぇーすごい! みたぁーい!!」と声がかかるとバックモニターが明るくなった。『シラユキ』とともに僕や陽翔、未彩の声が入っている映像が流れる。


「うわっ、恥ずいからやめて! 本当、俺、改めて見ると踊れてないから! 社長、やーめーてー!!! お願い!」


 嘆いている陽翔には申し訳ないが、久しぶりに見た映像をただじっと見つめる。


「懐かしいな。これ。もう、ずっと昔のことのように感じるのに、半年くらい前なんだよな」


 ぽつりと呟いた言葉は僕の中でストンと落ちていく。やっぱり、このときから、僕は陽翔から目が離せなかったんだ。踊る端々で陽翔を捉え、走りすぎたり遅れたりしている陽翔に合わせていた。


「全然、目が離せないでやんの」


 マイクが入っていることも忘れ、夢中で映像を見ていた。


「ラストの曲は、僕と陽翔との思い出の曲。出会った日にヒナが僕に歌ってくれたんだ。そのたったワンフレーズの歌詞が今でもずっと頭から離れない」


 映像を見上げていたら、『シラユキ』のタイトルが映し出された。

 歌い出しは、陽翔のアカペラだ。


「I think about you. I just wanted to tell you...」


 始まりの音が鳴った。耳にとどく、その優しいハイトーンにうっとりしたくなった。


「アンコール、ラストの曲は……『シラユキ』。僕らの原点」


『いつだって透明な世界から 君を見つめるだけで

  白雪のような頬をつたう 涙を拭うことはできない

   色褪せてしまったままの世界は 白銀に変わる


 君が僕の瞳に映っていたならば

  それだけでいいと思っていたんだ 

   あの日 消えてしまった 君の笑顔を取り戻したい


 伝えられなかった この気持ちは変わらない

  叶わなくてもいいと思っていた 君を想った日々

   思い出していたのは いつだって君の泣き顔



 魔女に魅せられた仮初の幸せがあるのなら

  赤い毒リンゴを口にした君の唇に 触れてみたい

   零れてしまったままの君の笑顔を 拾い集める


 君が僕の瞳に幸せそうに笑うならば

  透き通った世界の中が 色づき始める

   僕のガラスの心まで カラフルな色に染めていく


 伝えられなかった この気持ちは変わらない

  叶えたいと願った僕の気持ち 君と過ごした日々

   思い描いたのは いつだって君と僕との笑顔


I think about you.

  I just wanted to tell you... 』


「「 And

      I Love you...」」


『シラユキ』の最後、陽翔を目で追っていたら急に後ろにかけていく。


 えっ? 何? 聞いてないよ?


 いきなりのことで驚いて、僕はその場で立ち尽くしていた。が、奥の扉が開く。陽翔はそれに向かって走っていったのだ。


 ……何、あれ? ……薔薇?


 視線の先、こちらに気が付いた陽翔がにかっと笑った。悪だくみをしていた、それが成功したという勝ち誇ったような表情だ。


「サプラーイズ!」

「……えっ? 何の?」

「湊の夢が叶ったお祝い! あっ、ちなみに、108本の薔薇ですのでご査収ください」

「あぁ、うん。ありがとう……」


 驚きすぎて言葉に困っていると、観客席から物凄い勢いで「きゃあー!」と「おめでとう!」と「ヒナよかったねぇ!」と意味の分からない言葉まで飛んでくる。陽翔はその意味を分かっているようで「ありがとう! みんなのことも愛してるよ!」と言っている。


「……ヒナ?」

「何?」

「……この薔薇素敵だね?」

「湊、サプライズに驚いて言葉をなくしている? それとも……薔薇に言葉をなくしている?」

「サプライズに言葉をなくしているかな?」

「薔薇には何の感想もなし?」

「……薔薇?」

「あぁ、わからないなら後で調べて! それ、返品不可でお願いします」

「もちろんだよ? こんなサプライズしてくれるなんて思ってもみなくて……」


 真っ赤な薔薇の花束をギュっと抱きしめる。とてもいい香りが僕を包んでいく。


 僕は薔薇を見つめていると、真っ赤な薔薇が滲んでいく。


「あれ……おかしいな。嬉しいはずなのに。涙が止まらない」


 陽翔のサプライズも嬉しかったが、夢のステージに立ち、緊張から解放されやり切った安心感でみっともなく泣き始めた。まだ、本当の意味では終わっていないステージでの出来事。

 僕だけじゃなく、客席からも鼻をすする音や泣き声が微かに聞こえてくる。


「……あぁ、とうとう本当に湊の涙腺が大決壊しちゃったよ」


 16歳にもなって、エグエグと泣くとは思ってもみなかった。みっともない僕に陽翔が近寄ってきて、ギュっと抱きしめてくれる。


「ぐずったらちゅーするって言ったよね?」


 マイクを通さず耳元で直接柔らかい声が聞こえてきた。次の瞬間には僕が持っていた薔薇の花束を奪い、客席から僕らを隠すようにキスをされた。バックスクリーンに映し出された薔薇の花束の裏側は薔薇と同じ真っ赤になった僕といたずらっぽく笑う陽翔。


「涙は引っ込んだみたい。最後の挨拶をして、湊の家に帰ろう。薔薇の花束の意味も……調べないといけないしね?」


 僕から離れた陽翔は満足そうに笑い、僕の手を引いてステージの前に向かう。観客席のすすり泣きと指笛、よくわからない状況ではあった。


「今日は……僕らのライヴに来てくれて、ありがとうございます! 来年も同じようにここでライヴができるよう……頑張っていきます。『プロローグ』でもあったように、僕らの物語は始まったばかり。一緒に『ジストペリド』という物語を綴ってくれると……嬉しいです」

「今日は本当にありがとう! みんなに会えて最高でした! みんなのこと、愛してるよ!」

「湊だけでも許可する!」

「湊と幸せに!」

「ジスペリ永遠だよ!」

「また、来年も来るよ!」


 客席からの温かい声援に頭を二人で深々と下げ、手を振ってステージから降りた。名残惜しい気持ちはもちろんある。何時間も踊って歌ってをしていたので体の疲労感も半端ない。幕が下りてからも、僕らの名が聞こえてきたことが嬉しかった。


「あぁ、幸せ。もっともっとライヴしたいな」

「湊って欲張りだよね?」

「……そりゃね? でも、もう……今日は立てない」

「俺も。足にきてる。このまま帰りたい……」


 僕は薔薇の花束を抱えたまま壁にもたれ床に座った。陽翔は椅子に崩れるように座りそのまま机にへたり込んでいる。


「お疲れ! 今日のライヴ、最高だったよ!」

「……小園さん、このまま家に連れ帰って」

「俺も湊の家に連れて行って……」


 小園の顔を見てホッとしてしまい、我儘をいう。さすがに数ヶ月を共にしてくれたスタッフに挨拶をしないといけないので、のろのろと立ち上がりお礼を言って僕らは岐路についた。「スタッフの打ち上げのお金は僕から出しておいて……」とだけ言って、車で爆睡してしまう。次に目を覚ましたら、僕のマンションであった。

最後まで読んでいただきありがとうございます!

よかったよと思っていただけた読者様。

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