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05:7両目


「そういえば、先頭車両までどのくらいあるんスかね?」


 歩き出そうとした僕たちの足を止めたのは、軽い調子の後輩の声だった。

 声の主である湖山(こやま)桃吾(とうご)は、傷んだ金髪を指先で弄りながら僕を見ている。


 軽薄そうで今時の若者といった風体だが、悪い男ではない。少なくとも、福村よりはずっと素直で接しやすい人物だ。


「駅で乗り込んだ列車は8両編成だったはずだけど……」


「先頭車両に行けなんていうくらいだから、100両くらいあったりして」


「それはさすがに……無いと思いたい」


 普段乗り込む列車は、大抵が8両か10両編成の列車だった気がする。

 だからこの列車もそうだと思いたいのだが、喜多川の冗談を笑ってやる余裕がない。


 普通じゃないことが起こっているのが、僕たちの置かれた現状なのだから。


「……あれ、8両目ってことじゃないかな?」


「え……あ、ホントだ」


 高月さんの言葉に、彼女の視線の先を見上げてみる。

 車両の端。網棚の上のところに、車両番号を示す数字が書かれたステッカーが貼られているのが見えた。


「清瀬先輩……あれ、信じていいんですかね……?」


「わからないけど……外の異常さはともかく、吊り広告とかは普通の列車と変わらないみたいだし。本当に8両目なんじゃないかな」


 ステッカーを鵜呑みにして良いのか、桧野さんが疑問に思うのも当然だろう。

 ただ、吊り広告に使用されているアプリは実際に存在しているし、それ以外の広告もよく耳にする有名企業のものが多い。


 他に情報がない以上は、僕たちはここにある情報だけを判断材料にしていくしかないのだ。


「……てか、スマホは?」


「っ……そうか、スマホ……!」


 湖山の指摘に、僕は今さらのようにその存在を思い出す。

 普段は無意味に触ることもあるというのに、なぜこんな身近な手段をすぐに思いつかなかったのか。


 慌ててポケットに手を突っ込んだ僕は、スマホを取り出そうとする。


「意味ないよ。チャルも試したけど、電波とか全然なかったし~」


 どうやら間宮さんは、いち早くスマホで外界と連絡を取ろうとしていたらしい。もしくは、SNSにでもこの異常な状況を投稿しようとしたのか。


「……マジだ、なんでだよ……地下鉄じゃねーのに!」


「お前は……お前の携帯はどうなんだ!? 繋がらんか!?」


「む、無理ですよ……私のもダメです」


「チッ、役立たずが!!」


 同じくスマホの状況を見ようとした面々も、残念ながら電波は無い状態らしいとわかる。

 店長が桧野さんに詰め寄るが、彼女のスマホの画面を見ると舌打ちをしていた。


 念のためにと確認してみたものの、僕のスマホも圏外になっている。

 外との通信手段はなく、やはり自分たちの力でどうにかするしかないようだ。


「やるべきことは変わらないし、行きましょう」


「そうですね」


 先輩という立場だからか、行動を促そうとしてくれる高月さんが頼もしい。

 立ち止まっていても状況は変わらないし、まずは先頭車両に向かうしかない。


 別の車両に移動するための貫通扉は、この車両にはひとつしかない。ということは、この車両が最後尾で間違いないということだ。

 8両編成という表記が正しければ、残り7つの車両を移動すれば、先頭車両に辿り着ける。……そのはずだ。


「隣、やっぱり見えないな」


 7両目に続く扉の前に立って、窓に顔を近づけてみる。けれど、外の景色と同様に真っ黒で、どれほど目を凝らしても向こう側が見えることはない。

 扉を開けてみなければ、先の様子はわからないということか。


「……開けて、大丈夫かな」


「わからないけど、開けなきゃどのみちどうすることもできないよ」


「慎重にいきましょう」


 不安そうな表情の喜多川は、おそらく鮎川さんの死に様が脳裏を(よぎ)ったのだろう。僕だって同じだ。


 もしも扉を開けた瞬間、あの黒い液体が流れ込んできたりしたら、僕は一瞬で溶かされてしまうのだろう。できることなら、そんな死に方はしたくない。


 けれど、ここまできた以上は引き下がれないのだ。

 何より、隣で高月さんが僕のことを見てくれているのだから。


「……開けます」


 短く宣言をしてから、僕は扉の取っ手に触れてみる。

 この場にいる全員が、息を呑んだ音が聞こえたような気がした。


 一応警戒はして、コートの袖を指先まで伸ばした状態で触れてみたのだが、布地が溶けたりする様子はない。


 ガチャン、と音を立てて取っ手を下げると、僕はゆっくり扉を開けていった。


「…………なにも、ない……?」


 想像してみて一番絶望的なのが、扉を開いた先が外と同じく、真っ暗闇が広がっている状態だ。

 そうなれば僕たちは、この8両目に閉じ込められたまま、終わりを待つしかなくなる。


 なのだが、扉を開いた先はごく普通の、この車両と同じ電車内の光景が続いていた。


 恐る恐る足を踏み入れてみても、変わった様子はない。

 異なっているのは、隣の車両には誰も乗っていないことくらいだ。


「……行けそうです」


「おお、そうか! なら早く行け!」


「きゃっ……!」


 車両を移動できそうだということがわかるや否や、先頭にいる僕たちを押し退けて、店長が我先にと乗り込んでくる。

 背後から急に押された桧野さんは、咄嗟に避けることもできずに床に倒れてしまった。


「桧野さん……! 大丈夫?」


「痛っ……はい……」


「あっ、擦り剝いてる……! 琥珀ちゃん、こっちに座って」


 真っ先に駆け寄った喜多川が、桧野さんを助け起こす。怪我は無さそうかと思ったのだが、転んだ際に膝を擦り剝いていたようだ。

 軽傷ではあるが、高月さんが彼女をすぐ傍の優先席へと移動させている。


「店長、危ないじゃないですか!」


「フン、お前たちが狭い場所でちんたらしているのが悪い」


 桧野さんに怪我をさせた張本人である店長は、謝るどころかこちらを非難してくる始末だ。


 バイト中にも暴言は少なくない男だが、さすがに怪我をさせるようなことは初めてだった。

 こんな状況とはいえ、さらに醜い本性が露になったというところだろうか。


 今すぐ警察に突き出してやりたいくらいだが、ここで言い争いをしていても解決する問題ではない。

 目撃者は多いのだ。この件については、電車を降りてから向き合おう。


「桧野さん、無理しないでここにいて。電車も動いてるし、座っててくれた方が安全だと思う」


「でも……」


 ひと駅目で停車した後、扉が閉まった電車は再び動き出している。

 今は線路の上を真っ直ぐ走っているような感覚だが、カーブに差し掛かれば大きく揺れることもあるだろう。


 今回は軽傷で済んだとはいえ、揺れで頭を打ったりしないとも限らない。

 この列車が今どんな道を走っているのか、僕には想像がつかないけれど。


「じゃあ、私がついてるよ」


「高月さん、いいんですか?」


「人数は減ってしまうけど、一緒の方が安心だと思うから」


「高月先輩……ありがとうございます」


 不安そうな顔をしていた桧野さんは、店長たちと残されたくなかったのだろう。怪我をさせられた後なのだから、その気持ちはなおさら強いはずだ。

 そんな桧野さんの気持ちを()んで、高月さんは彼女の隣に腰を下ろした。


 死体のある8両目に残りたくなくても、何があるかわからない先の車両には、行きたくないメンバーも少なくないのだろう。

 僕たちのやり取りを見ていた店長を始め、福村や雛橋さんたちもこの場に残ろうとしているのが見える。


「それじゃあ、残りたい人はここで待っててください。僕らで見てきます」


 同行を無理強いする理由もない。僕は各自の判断に任せることにすると、車両の奥へと進もうとした。


『次は、黒縄(こくじょう)駅。次は、黒縄(こくじょう)駅。お出口は左側です』


「えっ、もう次の駅に着くのか……!?」


 突如として響いたアナウンスに驚いた僕は、扉の上の車内案内を見る。

 そこには確かに、次に到着する駅の名前が表示されていた。


 駅同士の間隔がどのくらいあるのかはわからなかったが、こんなに早く到着するなら、9駅なんてあっという間なのではないだろうか?


 そんな風に焦る気持ちを知ってか知らずか、列車は再びブレーキをかけて速度を落としていく。

 そうして左手側の扉が開くまでに、そう時間はかからなかった。


Next→「06:黒い繭」

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