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13:変態


 辛うじてという状態ではあったが、僕たちは化け物を追い出すことができた。

 未知の怪物に逃げ惑うしかないものと思っていたのだけど、選択肢がひとつ増えるというのは、それだけで心にゆとりが生まれるような気がする。


「桧野さん、しんどかったら言ってね。なるべく静かに歩くけど」


「大丈夫、痛いけど……頑張るから」


 痛々しい背中が剥き出しのまま、喜多川に背負われている桧野さんはか細い声で答える。

 彼女のためにも、早くこの電車を降りなくてはならない。


「置いてきゃいいのに、そんな女」


「……なにか言ったか、福村?」


「足手まといだって言ってんだよ。お荷物背負ったまま、またあんな化け物が来ても逃げられんのか?」


 この男は、いらない口を開かなければ生きられないのだろうか?

 冷たい視線の数々を受け止めているはずの福村は、呆れたような顔をして喜多川を見ている。


 化け物退治に手を貸すどころか、被害に遭わないよう自分の存在を消していたのだろう。

 当たり前のように車両の移動に加わろうとしている姿が、この上なく不快だった。


「お前は一人で逃げたらいいだろ。桧野さんはお荷物なんかじゃない、俺たちを助けてくれたんだからな」


「……福村先輩の言うことも、一理あると思います」


「琥珀ちゃん……!」


「次の車両でも、また化け物が出てくるかもしれないです。そうなったら、あたしのことは置いていってください」


「なに言ってんだ!? 置いてくわけないだろ、福村の言うことなんか気にしなくていい!!」


 大怪我を負っている状態なのだから仕方のないこととはいえ、喜多川の手を煩わせていることは確かだ。

 弱気な発言をする桧野さんを叱咤しながら、喜多川は福村を睨みつける。


「けど、対策を考えておくことは私も必要だと思う」


「それは、そうですね……」


「とりあえず、ロングシートが使えるってことはわかりました。どの車両にもあるものだし、移動したらまずシートを外して……」


「んぐっ……!?」


 高月さんの提案に意見を述べている時、僕たちの後ろにいた間宮さんが妙な声を出した。

 吐き気を堪えているような、苦しそうなそれに全員の視線がそちらを向く。


「……間宮さん、大丈夫ですか?」


 彼女は両手で口元を押さえていて、やはり吐き気を催しているらしい。

 あれだけ異常なものを目にし続けてきたのだから、気分が悪くなるのも不思議ではない。


 そう考えて間宮さんの方に歩み寄ろうとした時、彼女は口から大量の黒い液体を吐き出した。


「おごっ……! げぇっ!! ぉぐ、げぼッ……!!」


「ヒィッ……!? ど、どうしたんだチャル……!?」


「店長っ、ダメです……!」


 ビチャビチャと床に広がっていく液体は、明らかにあの化け物が纏っているのと同じものだ。

 動揺した店長が間宮さんに近づこうとするのを、高月さんが反射的に止めている。


 やがて瞳からも黒い涙を流し始めた彼女は、鼻や耳といった穴からもそれらの液体を垂れ流しにしていく。

 触れた皮膚はジュウッと嫌な音を立てて煙を上げ、肉の焼ける臭いが濃くなる。


 もう眼球は役に立っていないのだろう。あらぬ方向にふらふらと移動する間宮さんの顔が、ずるりと溶け落ち始めた(・・・・・・・)


「い、いやッ……!!」


「どうして……どうなってんだよ!?」


「ぃぎ、ッ……ご、げ……ァ……」


 顔に張り付いていることができなくなった皮膚が、赤黒い液体となって重力に従い落下していく。

 顔だけではない。腕や脚、胴体も同様に溶け出していき、気づけば彼女の身体は原形を留めない黒い塊となってしまった。 


「……こんなの、普通じゃない……なんで間宮さんが……」


「チャル……あああっ!! チャル、っ!!」


 現実ではないと思いたいのに、火傷をしたあちこちが痛む。嗅いだことのないようなひどい臭いだって、車内には充満していた。


 いつもの王様気取りの態度はどこへいってしまったのだろう。

 その場に崩れ落ちてしまった店長は、呆然と間宮さんだったもの(・・・・・・・・・)を見つめている。


「内側に……何かが入り込んだってことなのか……?」


「そんな……さっきまで、どこもおかしいところなんてなかったのに」


「普通に話してたし、別に変わったこともしてなかったはずだ」


 目覚めてから今までの行動を思い返してみるが、間宮さんだけが違ったことをしていたとは思わない。

 あの液体によって火傷をしたことが原因だとするなら、それはここにいる全員に当てはまる。彼女だけじゃない。


「考えたってわかんねーだろ、そいつは死んだんだ。さっさと先に行くぞ」


「福村……お前には人の心ってもんがないのか?」


「考えてもわかんねーこと考え続けて、生き延びる確率が上がるのかよ?」


 非情な物言いに反発する喜多川の気持ちはわかるが、福村の言い分も理解はできる。

 ここでゆっくり考えている時間などないのだから、僕たちは感傷に浸っていることはできない。


 仲間の死を悼むのなら、電車を降りてからだ。それができなければ、全員が同じ結末を辿ることになるのだから。


「チャル……?」


 店長が言葉を発したのは、そんな時だった。

 悲しみのあまりに、間宮さんの名前を呼んでいるのだろうか? そんな風に思ったのだが、店長は何かに驚いたような表情を浮かべている。


 その視線の先には間宮さんだったものがあるはずだ。けれど、そちらに視線を向けた僕は、目の前の光景を信じることができなかった。


「な、なんだ……?」


 間宮さんだった黒い塊は、内側で大小様々な球体が膨れ上がっているかのように、ボコボコと膨張している。

 時折弾けた球体から小さな飛沫が飛び散るが、もはやその程度のもので動揺することはない。


 ゴポゴポという音を立てながら、その塊は元の体積よりもはるかに大きく膨れ上がっていく。


「そんな……うそ、でしょ……」


「どういうことだよ? なんで……間宮さんが……」


 瞬く間に僕たちの背丈よりもずっと大きくなった塊からは、四本の長い棒状のようなものが突き出していく。

 それらはバキバキと耳障りな音を立てて、明確な何かに形を変えていった。


 やがて姿を現したそれは、僕たちが先ほど死に物狂いで電車の外に押し出した、あの化け物だと認識する。


 這いずる上半身は、店長と顔を突き合わせるようにして、すぐ目の前に寝そべっていた。


「逃げ……なきゃ……」


 どうしてこんな状況になっているのか、理解が追い付くはずもない。

 それでも、この場から逃げなければならないということだけはわかった。


 幸いにも、5両目へ続く貫通扉は僕たちのすぐ背後にある。とにかく急いで離れるしかない。


「あ、開かねえ……っ!!」


 けれど、聞こえてきたのは絶望にも似た福村の声だった。

 一足先に逃げ出そうとしていたのだろう。貫通扉に手を掛けている福村は、取っ手をガチャガチャと揺らしている。


「開かないって……どういうことだよ、冗談やめろって!」


「冗談言ってるように見えんのかよ!? 開かねえんだよこの扉!!」


「貸せ」


 福村の横から割って入った梨本さんが、試しに扉を開けようとしてみる。

 結果はやはり変わらないらしく、取っ手が虚しく音を立てるだけだ。


「先頭車両に行かなきゃいけないのに、開かないって何でなんだよ……!?」


「何かが引っ掛かってるとか?」


「……わからない」


 何度か力を込めて梨本さんが開けようとしているが、扉はびくともしない。

 そうこうしている間にも、真っ黒な頭部の内側から浮かび上がってきた巨大な目玉のひとつが、店長の姿を捉えていた。


Next→「14:血の雨」

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