表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/34

11:半身


 開いた扉から、なにも乗り込んでこないでほしい。

 そんな願いも虚しく、それ(・・)は僕たちの前に姿を現した。


「な、んだ……あれ……?」


 何かの影が車内に侵入してきたのは、5両目に一番近い乗降扉からだった。

 始めは、人間が這いずっているように見えたのだが、それは遠目による錯覚だったのだろう。


 普通の人間が、あの闇の中から出てこられるはずがない。


「テケテケ……?」


「やめろ、こんな時に……!」


「でも、あれってさ……」


 こんな時までお前は空気を読むことができないのか。

 喜多川にそうツッコミを入れたかったけれど、車内の明かりによって照らされる姿を前に、僕は二の句を継げなくなってしまった。


 それはやはり、人の形をしていた。

 ほふく前進をするみたいに、床の上を這いずる上半身。真っ黒な液体を纏う化け物は、上半身だけで僕の身長くらいはあるような気がする。


 さらに、這いずった後に液体が付着しているのだとばかり思ったのだが、化け物の上半身から何かが外へ向かって伸びている。

 それが何かと考えた矢先、闇の向こうから下半身らしき塊が現れたのだ。


「うげっ……なんだよ、気持ちワリィ」


 福村のリアクションが耳に届くものの、大袈裟だとは感じなかった。

 その下半身は上半身とは異なり、自分の脚で立って歩いている。その二つの身体は、大きくうねる黒い背骨らしき何かによって繋がっていたのだ。


 ずるり、ぬちゃりと地を這う上半身を追うように、下半身がぺちゃりぺちゃりと歩みを進める。


「ヒッ……! あいつ、目があるぞ!!」


 乗り込んできた上半身が僕たちの方を向いたことで、店長が悲鳴を上げる。この怪物には眼球がついているのだ。

 ただ、頭と思われる位置についている目はどう考えても普通ではなく、赤黒く血走っている。


 サッカーボールほどもある、今にもこぼれ落ちそうな巨大な眼球が、ぎょろりとこちらを見ていた。


「あれも人を食べるのか……?」


「わからないけど、触られたら溶けるとは思う」


 どのような動きをする化け物かは定かでないが、少なくともあいつも黒い液体を纏っている。触れればただでは済まないのだろう。


「けど、あそこを通らなきゃ5両目には行けないよ」


「通るったって、どうやって……」


 高月さんの言うように、あの化け物のいる場所を通らなければ、僕たちが隣の車両に移る手段はない。

 それでも、触れることすらできない未知の生き物を相手に、どのように切り抜ければいいのか。


「あいつ、こっちに来るぞ……!!」


「うわっ!!??」


「嫌ああああッ!!」


 喜多川が叫ぶよりも前に、化け物が這いずる速度を上げて僕たちの方へと向かってくる。

 周囲に黒い液体をまき散らしながら、化け物が狙いを定めたのは、床に座り込んだままの桧野さんだ。


「やだ、いやァっ……!!」


「桧野さん! 立って!!」


「琥珀ちゃん!!」


 化け物の方に意識を向けていた僕と高月さんは、彼女がターゲットになっていることに気づくのに、一歩遅れてしまう。

 まずいと思った瞬間、僕の身体は強い力で後方へと弾き飛ばされていた。


「ぐっ……!!」


 化け物に体当たりをされたのかと思ったのだが、どうやらそうではないらしい。

 背中に痛みを感じたけれど、衝撃を受け止めてくれたのは車内のロングシートだった。


 顔を上げると、向かい側のロングシートの上には、高月さんと喜多川がいる。その喜多川の腕の中には、桧野さんが抱きかかえられていた。


「喜多川……!」


「清瀬、大丈夫か!?」


「ああ、僕は大丈夫。ありがとう」


 どうやら、咄嗟の判断で僕と高月さんを突き飛ばした喜多川が、桧野さんを抱えて移動したようだ。

 力のあるやつだとは思っていたけれど、瞬発力に改めて驚かされる。


 化け物はといえば、座席同士の間を抜けてまっすぐに7両目側の貫通扉まで移動したらしい。

 店長たちは乗降扉の傍に隠れていたり、同じように座席の上に避難しているのが見える。


「今なら行けるんじゃないか……?」


 ぽつりと漏らした福村の言葉に、いち早く反応を見せたのが梨本さんだった。

 その巨体のどこから出るのかというほどのスピードで、汚れていない部分の床の上を一目散に駆け抜けていく。


 7両目側に向かった化け物は、そちらの方を向いているので、僕たちの動きは見えないはずだ。


 その隙に自分だけが5両目に移動しようとしているのか、そうはさせまいと店長と福村も動き出そうとする。

 けれど、化け物の方を視界の端に入れていた僕は、その動きを見てしまった。


 前方についていたはずの巨大な目玉が、どぅるり……と不気味な音を立てて、後頭部の方へと移動してきたのを。


「な、梨本さん……! 危ない!!」


 僕が声を掛けると同時に、後についていくだけだった下半身が、今度は先陣を切って後退し始めた。

 下半身に引きずられるようにして、上半身が床の上を滑っていく。


「ヒッ……!!」


 振り返った梨本さんは、上擦った声を漏らすと慌てて避難しようと移動する。

 しかし、床に広がる液体を踏んで足を取られてしまった梨本さんは、乗降扉に向かって倒れ込もうとしていた。


 開いたままの扉の向こうに倒れればどうなるのかは、全員が8両目で知っている。


「うわああああああああッ!!??」


 最悪の想像が現実にならなかったのは、そのすぐ傍の座席の上に間宮さんがいたからだ。

 反射的に梨元さんの上着を掴んだ間宮さんは、全体重をかけて巨体を引っ張ることに成功した。


「あ……っぶな、セーフ」


 受け身を取ることもできなかった梨本さんは、座席の脇の手すりに腹をぶつけて悶絶している。足の裏も火傷しているだろうし、そっちの痛みもあるのだろう。

 それでも、闇に飲まれて死亡するよりはマシなはずだ。


 ただ、安心していられるのも束の間だ。

 またしても獲物を逃した怪物は、ギョロギョロとした目玉を頭部のあちこちに移動させている。


 怒っているのかもしれないし、新たな標的に狙いを定めようとしているのかもしれない。


「……そうだ」


 少なくとも、あの目が機能しているのは確かだろう。何かを探しているように見えるし、動き回るのには意味があるはずだ。

 そう直感した僕は、床の液体を避けつつ喜多川たちの方へと移動する。


「どうした、清瀬?」


「あのさ、考えがあるんだけど。あいつの目を潰せれば、どうにか隣の車両まで行けるんじゃないかな?」


「潰すったって……素手でいくわけにいかないだろ?」


「わかってる。だからさ、座席を使ってみよう」


「座席?」


 不思議そうな顔をしている喜多川は、まだ桧野さんの身体を抱きかかえたままだ。

 抱えられている桧野さんも、恐怖で自分の状態を客観視できていないのかもしれない。


 だが、僕の話を聞きながら少しだけ冷静さを取り戻し始めたのか、顔を真っ赤にしながら下ろしてくれと懇願していた。


「新幹線の座席ってさ、外せるようになってるらしいんだ。不審者が出た時に、盾に使ったりできるように」


「……ああ、それなら私も聞いたことがある。実際、試してみたことはないけど」


「それで、普通の電車のロングシートも外せるものがあるらしくて。基本的には汚れた時の交換とか、事故の時なんかに乗客を降ろす梯子(はしご)の代わりにもなるみたいなんだ」


「なるほどな。だけど、あの怪物に通用するか?」


「わからないけど……少なくとも、車内のものはあの液体に溶かされないみたいだから」


 僕の狙いはそこだった。武器として使うのが厳しかったとしても、溶けない盾なら役に立つかもしれない。

 素手で挑むよりマシなことは言うまでもないだろうし、反対する人間はいなかった。


Next→「12:化け物退治」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ