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後2週間頑張れば、長期休みに入る。
気合を入れて生徒会の仕事に取り組む俺とグレース。
そう、2人だけであった。
正確には、貴族の男女が2人きりになるわけにはいかない為、グレースの専任侍女であるハンナも一緒ではあるが、仕事をするのは僕たち2人になる。
先輩達は実習に行っている為仕方ないが、エリックとリリーは最早サボりと言ってもいいだろう。
最初はは予定があると人伝いに連絡が来ていたが、最近は連絡もない。
「アンダーソン嬢、君が今やっているのは殿下の書類じゃない?」
「殿下から片付けておくよう指示と許可を得ておりますので、ご心配には及びません」
「片付けておくように…?自分の仕事なのに?」
「殿下も色々とお忙しいのでしょう」
そう言うグレースの目の下には、うっすらとクマが見える。
きっと化粧でも隠しきれないほどに濃いクマができてしまっているのだろう。
「でもそれは…ごめん、良かったら僕も手伝うよ。殿下のものは許可が必要だから、君の書類を」
「必要ありません。お気遣いありがとうございます」
「…僕のことが嫌いだから嫌なのはわかるけれど、生徒会っていう意味では仲間だと思ってるから。協力して早く片付けちゃおうよ」
「…ホワイト様のことは、特別嫌っておりません。ただ、ずっと前にも申し上げた通り、誰にでも優しいというのは一見美徳ですが、残酷な行為だと思っているのは事実です」
「――そっか」
あれは僕の5歳の誕生日祝いで、縁のある貴族を招いてパーティーを行った時である。
みんなに愛想を振りまいて、祝われて、とっても嬉しい気持ちだった。
でも少しだけ疲れて、庭の隅の花畑に向かうとそこには先客がいた。
それがグレースだ。
同じく疲れて隅っこに逃げてきたのだろうと、声をかけたのがトラウマの始まりだった。
女の子だから優しく大切に!とその日も張り切っていた僕は、初めて女の子にぞんざいに扱われた。
『貴方は誰にでも優しいのですね。でもそれは人を傷つけることにもつながるから、やめたほうがいいと思います』
『えっ…!じゃあ、僕は、君のことも傷つけちゃったの?』
『…そう、ですね』
長い睫毛で目元に影を作っていたのをよく覚えている。
美しい瞳は、僕の信条をガツンと壊しかけた。
その後情けなく泣いて戻った僕を、兄さんたちがもみくちゃにしたものだから涙は吹き飛んだし、もやもやも薄くなった。
けれど、その言葉は今も僕の心に残り続けていた。
「グレース様。そのような言い方では誤解を招きます。噛み砕いて、グレース様の優しさをお相手にも伝えてくださいませ」
「…ハンナ、学園内では余計なことは言わなくていいわ。私と2人きりの時にしてちょうだい」
「またそのように。ハンナはグレース様のことを誰より見てきましたからわかりますが、ホワイト様は違うのですよ」
なんだか目の前では変わった光景が繰り広げられている。
主人にあのように物を申す侍女も珍しいが、それを許しているグレースが何より意外であった。
完璧主義で誰も寄せ付けないイメージがあったからだ。
「………ホワイト様。決して貴方を傷つけたいわけではないのです。その、貴方は女性に大変人気がおありですので、誰にでも優しくすると、その影では涙を流す者もいるということを伝えたくて…いえ、私には関係のないことでした。申し訳ございません。紅茶を用意してまいります」
すごく言いにくそうに、早口でそんなことを言ったと思えば、ハッとしたようにもごもごと謝罪をするグレース。
今話し合った方が良い気がして、咄嗟に声をかけた。
ハンナが頷いているから正解なのだろう。
「アンダーソン嬢、ありがとうね。きちんと伝えてくれて。僕は君のハッキリとした物言いは憧れるし、素敵だと思う。正直…すこし怖いと思っていたんだ。伝えるのが苦手なだけだったんだね」
そう言うと、グレースは顔を真っ赤にして、聞き取れない言葉を発しながらどこかへ行ってしまった。
ハンナが追いかけて行ったから大丈夫だろうが、また僕の言葉が気に食わなかったのだろうか。
少し落ち込むが、グレースは僕のことを嫌いではないと言ってくれた。
女性の模範と言われる彼女から嫌われていたわけでないとわかり、それだけでなぜか心が軽くなった気がした。
もっと、彼女の色々な顔が見てみたいと思った。