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いや、流石にそんな言い方はないでしょ。
こんなに完璧な婚約者にまだ何かを求めるなんて、それはあんまりだ。
「リリー嬢は確かに愛らしい可愛らしさを持っているけれど、アンダーソン嬢はクールビューティーで、それもとても魅力的じゃないですか。僕は殿下が羨ましいです」
本心を述べれば、グレースから視線を感じる。
エリックはこちらをチラッと見てフンと鼻を鳴らした。
「お前は女なら誰でもいいんだろう。いい加減婚約者を決めないとな」
ポンポン、と僕の肩を叩きながらデスクへ向かうエリック。
その言葉はとても痛いが、事実だしグレースに向かうより断然良い。
ちなみに女性なら誰でも良いわけではない。
理想としては、僕の作ったお菓子を笑顔で食べてくれて、守ってあげたくなる可愛い女の子が理想だ。
そういう意味ではリリーは初めはそんな期待もしたが、僕に向ける視線よりもエリックへの視線の方が熱がこもっているのは明らかだ。
王子への憧れかもしれないが、婚約者の目の前だとわかっても態度を改めようとはしていなかったし、意外と強かなのかもしれない。
考え事をしながら仕事を進めていると、視界に紅茶が入ってきた。
ソーサーにメモが置いてあり、ありがとうございます、とお手本のような文字。
グレースは一言も発することなく、振り向くことなくデスクへ戻ってしまったが、こういった律儀なところが教育の賜物なのだろうと感心してしまった。
次の日、エリックとリリーが中庭で腕を組んでいたのを目撃された。
そしてその次の日は、リリーが何者かに水をかけられた。
すれ違うたびに悪口を囁かれ、物がなくなることもしばしば、机に落書きもあったという。
「私が悪いんでしょうか…っわ、わたしが、平民だったから、ぅ、」
「リリー、そんなことを言うやつは気にするな。俺がなんとかしてやるから。な?」
「エリック様…っ」
生徒会室でしか安心できないと泣いてしまい、仕事どころかリリーを慰める会になりつつあった。
いつから名前で呼ぶようになったのか?
最初からだったような気さえする。
グレースが紅茶を淹れ、泣きながら話すリリーの頭をエリックが撫でる。
先輩方も許せない、と話を聞いていた。
もちろん僕も許せないし、編入生に対しあんまりな扱いだと思う。
けれど、ここは生徒会室で仕事をする場所で、エリックはグレースの婚約者だ。
腕を組んだり、その距離感がいけないのではと思うが、ここで指摘すれば結果的に傷付くのはグレースだろう。
溜まりつつある仕事も悩みの種の一つだ。
今日は最終の授業が自習だった為、溜まっている仕事をする許可をもらい生徒会室に向かった。
生徒会室についてみると、いざ仕事を探してもあれだけあった量が見当たらない。
いつも通りの数時間で済む量が残っているのと、会長であるエリックの承認が溜まっているのみだった。
さらにその日おかしかったのは、生徒会室にきたのはグレースと先輩方のみだったこと。
「リリーが女生徒に呼び出されて、囲まれて言い争いになったところで制服を破られてしまったそうなんだ」
先輩の1人がそう教えてくれた。
エリックとリリーは、リリーが危害を加えられたとのことで早退したそうだ。
護衛をつけるのではなく、自身が直接送っていくなど。
こう言っては悪いが、エリックは女性に優しい人間ではない。
公の場ではグレースをしっかりとエスコートしているが、普段の態度はアレだし、リリーを気に入っていたとしても、護衛に任せるくらいだと思っていた。
リリーのことは心配はではあるが、それよりも気がかりは平然と仕事をするグレースであった。
心なしか疲れが見えるし、溜まっていなかった仕事の正体はどう考えても彼女だ。
日に日にリリーとエリックの噂を聞く機会は増えていくし、そのどれもが耳を疑うようなものばかりだった。
グレースは辛くないのだろうか。
そんなことをデイジーの前でこぼした途端、烈火の如く言葉がとんできた。
「お辛くないわけがありません!どんな相手だろうが将来的に結婚するのですもの、愛があるに越したことはありませんのに…誰にでもああならともかく、編入生にはあんなにお優しいのですもの…!」
「ああごめんねデイジー嬢、どうか落ち着いて。そうだよね、当たり前のことを言った僕が馬鹿だった」
「いえ、私も興奮してしまって…申し訳ありません。婚約者とは一体なんなのでしょうね」
デイジーの見つめる先には、仲睦まじそうに笑い合うエリックとリリーがいた。