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「ライリー様!昨日市民上がりの娘が殿下に抱き上げられていたって、どういうことですの?!」
教室に入ると、先に着く前にデイジーが迫ってきた。
彼女は家に決められた婚約をなかなか受け入れられず、卒業までは、と無礼にならない範囲で僕と交流を続けているうちの1人だ。
噂好きで活発で流行の最先端を追いかける、そんなデイジーは第二王子のファンではなかったはずだけれど、気になるものは気になるらしい。
「おはよう。そしてちょっとその辺は僕はわからないな。それよりも今日の髪飾り素敵だね、とっても似合っているよ」
「本当ですか?昨日とは少し色味を変えてみましたの!兄に見せたら何が違うんだと言われてしまったのに…ライリー様はさすがですわ」
よしよし。
女の子は笑っているのが1番だ。
頷きながら話を続けていると、その後も他の女生徒から編入生の噂について怒った表情で尋ねられた。
何やら編入生は可愛い女の子達には刺激的な話題らしい。
僕自身も正直興味があったが、それは先日までお店を営む市民だったからだ。
将来的にケーキを中心としたお菓子屋さんを開けたらと考えていたから、どのような知識でもつけておきたいと思っていた。
しかし、みんなのこの様子では関わらない方が良さそうだ。
――と、思っていたのだが。
生徒会室に向かう渡り廊下を歩いていると、目の前を歩いていた女生徒がハンカチを落とした。
気が付いてない様子でそのまま歩みを進める為、それを拾い声をかけた。
「こんにちは。これ、さっき落としていたよ」
「えっ!あ、私のハンカチ!すみません、ありがとうございます」
にっこりと可愛い笑顔を見せてくれたその女の子は、生徒会室に向かっているらしい。
何か用があるのかと聞けば、エリックから生徒会に任命されたとのこと。
ということは、この子が例の編入生である。
昨日の今日でそんな特例があるのかと思わなくもないが、現在のこの学園での権力者は結局第二王子だ。
リリー・ルイスと名乗った彼女は、見た目は小柄で可愛らしく、話した印象も真面目で良い子という感じだ。
違和感を感じたのは、生徒会室に入ってから。
リリーは遠慮ということをしない性格だった。
エリックが隣に座れと言えば、何の躊躇いもなく3人がけソファなのに間を開けることもなく座る。
冗談を言いながら肩を触ったり、膝に手を置いたりと、ボディタッチも多い。
いくら市民として生活していたとしても、王子に婚約者がいることくらいは知っているはずだし、この学園に入学できる学力があるなら尚更だ。
というか、まずエリックがそれを指摘するべきだろう。
何をやっているのだろうかこの男は。
「ねえリリー嬢、殿下にはそこに座っているアンダーソン嬢っていう素敵な婚約者がいるんだ。距離感は大事にね」
やんわりと指摘すると、エリックは僕を睨む。
「お前は余計なことを言うな。リリーには関係のないことだろう。さっさと自分の仕事を済ませろ」
この傲慢な態度はいかがなものだろうか。
エリックは自分のことは棚に上げて人に偉そうに命令をする。
相手によっては面倒ごとにもなるのに、学習をしない困った王子なのだ。
そしてそのフォローを毎回グレースがしているのを僕は知っていた。
そこまで強く言ったつもりはなかったが、リリーは涙目になってしまい、女の子を傷つけるつもりなどなかった僕は慌てふためいてしまった。
「ご、ごめんねリリー嬢。嫌味じゃなくて、貴族はそういうところを気にするものだから…」
「私は貴族になってまだ日が浅いから、常識も身についていなくて…っごめんなさい、そんなつもりじゃなかったんです」
「お前、身分で人を見るやつだったのか。そういう考えは生徒会としてどうなんだ」
過大解釈されてしまい、余計に話が悪い方向に向かっていく。
何を言っても言い訳にしか受け取ってもらえず困っていると、凛とした声が入ってきた。
「皆様、歓迎会はもう十分時間を設けましたでしょう。今は繁忙期ですから、心強い新人さんと力を合わせて仕事を片付けてしまいましょう。先輩方も、もう一度温かい紅茶を淹れますから良い見本となるようお願い致します」
目の前で婚約者がベタベタ触られていたというのに、いつも通りの涼しい顔で紅茶を淹れるグレース。
先輩2人もグレースの紅茶にひかれてデスクへ向かう。
リリーも先輩方に案内され、教えてもらった仕事に向き合い始めたというのに。
「会長である殿下の承認が必要な書類も多くございます。王族として全生徒の――」
「お前は相変わらずうるさいな。もう少しリリーから可愛げを学んだらどうなんだ」
ソファに座り足を組みながら、エリックはそんなことを宣ったのだ。
グレースは一瞬瞳を揺らしたように見えたが、表情を変えることなく頭を下げた。
「差し出がましいことを申しましたこと、謝罪致します」