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「ライリー様って本当にお優しいのね」
「先日はデイジー様の荷物を持って差し上げたとか」
「さすがライリー様ですわ。昨日は私の――」
わかっている。
彼女達が言いたいのは、僕は誰にでも優しくて、決して本命にはしないぞっていうことだ。
それでも、自分の見た目が良い方だという自覚はあるから、そんな僕に優しくされることで優越感を満たしたいのだろう。
女性は可愛いものである。
常に女性に囲まれてきた人生。
兄弟は男のみの大所帯。
最後に末っ子の僕を産んで儚くなった母上。
父さんは、女性はか弱く守るべき存在であり、常に優しくせよと俺に教えた。
歳の離れた兄さんたちよりも、生まれた頃からそう教え込まれた僕にはその教えが強く残った。
それを守り続けた結果、15になった今でも婚約者が決まらずにいる。
女性から人気はあるのだが、結婚相手としては及第点がもらえないようだ。
5人兄弟の末っ子ということもあり、ゆくゆくはこの土地を出ることが決まっている為趣味のお菓子作りを極め、店でも開けたらと密かに夢を抱いていた。
珍しいことに、貴族の男がお菓子作りなど、と言われたことはない。
女性に喜んでもらいたい為だと幼い頃から言い張り、僕が唯一望んだことだからだ。
家族には恵まれたと感じているが、僕もそろそろお年頃。
可愛い婚約者とデートがしたいと夢見ていた。
「ライリー様、ここ、教えてくださらない?」
「ちょっと、私が先に約束していたのよ」
「違うわ、私よ」
学園の授業が終わるなり、クラスメイトに囲まれる。
こうして張り合われるのも正直悪くないのだが、喧嘩になったら悲しい為順番に優しく話を聞いていく。
女性は大抵これで笑顔を見せてくれるのだ。
「みんなの笑顔を見たら元気が出てきたよ。ありがとう。それじゃあ僕は生徒会の仕事をしてくるね。また明日」
にっこりと笑うと、話していた女生徒以外からも黄色い声が聞こえる。
あちこちに手を振りながら生徒会室へ向かった。
「遅くなってすみません…ってあれ?グレース嬢だけ?」
メンバーが仕事をしていると思いドアを開けるが、そこにはグレース・アンダーソンしかいなかった。
彼女は伯爵令嬢でありながらその優秀さゆえ、第二王子の婚約者を務めている。
厳しく忙しいと噂の妃教育と生徒会の両立は不可能と言われていたが、グレースは顔色ひとつ変えず淡々とこなしていた。
実は僕はこの令嬢が苦手である。
というのも、幼い頃のトラウマとも言える彼女との出会いもあるが、彼女は強いのだ。
「ホワイト様、私のことはアンダーソンとお呼びください。それから遅刻もいただけません。皆さんは編入生の案内に出かけられました」
突き放すような口調と、にこりともしない冷たい表情。
彼女には嫌われているのだろうが、女性にこういった扱いをされることは滅多にない為、落ち込むのが正直なところだ。
「そうだったよね、ごめんねアンダーソン嬢。編入生の案内って、皆?そんなにゾロゾロ行かなくても…」
また第二王子がわがままを言ってグレースに仕事を押し付けたのだろう。
あの王子は優秀な兄と婚約者と比べられ続けたからか、捻くれ者に育ってしまい、それを婚約者にぶつける節がある。
グレースもわかっているのか、慣れてしまったのか、文句の一つも言わずこなしていることが多い。
「私もそう申し上げたのですが、逆効果だったようです。今日は雑務が多い日なのに申し訳ございません」
そう頭を下げたグレースは、結果的に僕の仕事も増えることを気にしているらしい。
正直げんなりするが、グレースが悪いわけではないのだ。
寧ろ、女の子1人にこの仕事量を残していったメンバーに辟易する。
「だーいじょうぶ!僕はこう見えて優秀だからね、アンダーソン嬢と2人ならすぐに終わっちゃうよ」
おどけて見せれば、グレースは一瞬手を止めた後ぎこちなくお礼を述べた。
「ところで編入生って、あの噂の最近家族に養子に入ったっていう、例の子?」
「…はい、強い魔力の持ち主だと聞いております」
グレースは僕の手元が素早く動いていることを確認してから、口を開いてくれた。
無駄を嫌うのは彼女にとって癖のようなものなのだろう。
「ふぅん。女の子なんだよね。可愛い子かな?」
「貴方からすれば女性は皆可愛いのでは?」
特大の棘をもらってしまい、その後は仕事に集中せざるを得なかった。