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8 テセウスと牛ハム




 結局そのまま、中庭のベンチで星を見ながら夜を明かした。夢の終わりは来なかった。




 明け方、ゴウが戻って来た気配に顔を向ける。


 私、なんで今日まで気付かなかったんだろう。別にゴウは気配を消してるわけじゃない。私も夜に何してるか質問したことなんてないんだから、ゴウが騙したわけでもない。……ただ私が気付かなかった、それだけだ。


 お帰りって言うつもりなのに声が出ない。ぶすくれているといつも言われた、自分なりの無表情でゴウを見る。ベットから出たままの髪、ストレートでもない、天パでもない、量の多いうねったくせ毛の頭はボサボサだろう。滑稽だ。




「ピア」


「……」


「僕のお嫁さん。」


「……」


「……どうして泣いてるの? 寂しかった?」


 ベンチの隣に座ると、ゴウは私の肩を包む様に腕を回してくる。……温もりに背を押されて、私は何とか声を発する。


「……どこに……行ってたの?」


「外。」


「……」


「泣かないで。」


「……」


「兄弟に会ってた。」


「……兄弟?」


「うん。テセウス。」


「……。テセウス? テセウスですって?! それってクレタ島の牛を殺すやつじゃん!」




 驚き過ぎて、急に大きい声を出してしまった。涙なんて吹っ飛んだ。けど、まだ早朝もいいとこだ。静かにしなきゃ。


 でも、でも、神話では父牛もミノタウロスも殺される。他でもないテセウスに。再現されたら大変だ。ん? ……でも、兄弟?


「殺さない。賢者の所で一緒に育った兄弟だ。」


「そう……なんだ。テセウスも?? そうだったっけ?? ……じゃあ、賢者が亡くなってバラバラだった兄弟が、どうして迷宮の外に来てるって分かったの?」


「ピアが来た日の夜中に中庭に来た。」


「え"?! ……嘘やだ!! 聞かれてた?! 毎晩??」


「ピアが寝てから来た。もうここには来ないように言った。ピアを見られたくない。あいつらは女好きだ。」


「そう……。」


「カイロンと分かれて直ぐにここに捕まったから、心配して見に来てくれた。」


「あぁ。分かれて直ぐだったんだね……。ん? でも、ここに来てせいぜい一週間くらいだよね? テセウス来るの早くない?」


「丁度クレタ島に来てた。迷宮の怪物を倒す英雄が募集されたから。」


「早くない?! まだ生まれてないよ?」


「遠くまで伝えるには早くしないと。」


 アスクレピオス役は溺れてから探したのに? 迷宮ももうあるし、こっちに力が入ってるな……。なんかマズい気がする。




「……それでテセウスはなんて?」


「牛ってお前だろって。バレてた。」


「そ……それは大丈夫なの?」


「心配してくれた。怪物を生むには子作りをしないといけないけど、ヤり方覚えてるか? って。」


「そ……そっちの心配? だから次の日から技術が……」


「怪物が生まれたら俺が倒してやるって。」


「ダメじゃん!! 倒さないでって言わないと!」


「怪物は倒さないと。」


「う……うん。よそ様に危害を加えるようなら対処は必要、だよね。でも……倒しちゃうの?」


「ピアは嫌?」


「もしゴウの子供を産めるならちゃんと育てたいよ。……ここにいたら、テセウス以外の募集されたやつに倒されちゃうのかもしれないけど。」


「じゃあテセウスに相談する。」


「ちなみに……獣人と人とで子供は出来る?」


「できる。」


「そっか……」


「ベッドに戻ろう。」


「うん……そうね。」


 もう薄っすら明るかったけど、2回分のお預けを回収された。テセウスの指導が効いていた。




 日が高くなって、出口に行く時間。回復は起きてから掛けたけど、眠い。眠さには回復は効かないらしい。昨晩の感情の乱高下で、大分精神も疲弊している。


 昼過ぎ。食材はゴウが取りに行ってくれるというので、風呂敷風の布で瓶を首に、紐で固定した籠を背に乗せて、おつかいに行ってもらった。残ってる口紅で、風呂敷の結び目にキスマークを付けておいた。ゴウがイジメられないといいな。







 それ程時間も経たないうちに戻って来たゴウは、籠の他に、ワインと牛乳の瓶も下げていた。ここの人たちは牛乳を飲まないから、あの二人が搾って詰めてくれたんだろう。うん。念のため瓶の中身を浄化滅菌しておく。


 そういえばと、冷蔵庫化した戸棚の中の昨日のピッチャーを見てみると、脂肪分が分離している。皿に除去して出す。あ、除去の魔法なら一日待たなくても分離するのかも。まあ、飲まなかった余りの分で十分だよね。




 バターになるはずのクリームを見る。ペットボトルに入れて振る工程を魔法でするには、なぜ振るとバターが出来るのか、理由が分からないといけない。……いけないよね? 「バターになあれ」でいいの? ……いいの!? あの動きを思い浮かべてたからか分からないけど、バターが出来た。


 あれ? 何か他に液体が残るはず……。残った液体を鍋にと願うと、バターミルク? が出現した。ピッチャーの脱脂乳を少し足して、魔法の弱火で温めて、今日もらったレモンを搾り加える。レモンの種は死守。


 何だかチーズっぽいものが出来た。布で絞る代わりに水分を少し除去する。それっぽいものが出来た。ピッチャーの残りは分離させ、水分をピッチャーに残すと、移動させた皿には脱脂粉乳ぽいものが出来た。


 脱脂粉乳って昔の給食? コーヒーに入れる以外の使用法が思い浮かばない。搾りたて牛乳もあるし……。明日二人にあげよう。




 蓋付きの入れ物に粉乳を入れて戸棚にしまう。ピッチャーは浄化して瓶の牛乳を移し、戸棚に。瓶は返却に備えて浄化。眠さをおしてあちこち魔法で掃除してもまだ魔力は残ってる。




 中庭の端、日が当たるところにトマトの種を植えて収穫可能まで成長を願う。出来ちゃった。真ん中のベンチの所にレモンの木も出現。ナスとキュウリも試したい。




 夕飯まで、昼寝。夜のルーティンを済ませて、今夜の分も済ませて、二人で回復。続きはなし。テセウスに会いに行くゴウをお見送りしてから私は就寝。




 朝はゴウは起こさない。掃除用具をもらおうと思いながら魔法で浄化して回り、トマトソースを作りながらレース編みをする。


 食費には足りないけど、パーシパエに何か渡したい。貰いっぱなしは怖すぎる。あ、牛乳とかも貢物にいいかもね。でもまずは兵士の二人で品質を試さないと。




 起きたゴウと昼食。トマトソースのパスタ。食材に余裕があるのはとても良い。支給されるパスタやパンは結構多いけど、ゴウも結構食べる。人と牛とに変身するのは魔法とは違うらしいけど、エネルギーを結構使うのかもしれない。……それとも単に牛だから沢山食べるだけ?




「昨日テセウスは何て言ってたの?」


「怪物かもしれない子供を、生まれる前から育てる気でいるのが信じられないって。」


「……それは、どういう……」


「僕たちは、拾われたり預けられたりして賢者に育てられた。だから……」


「そっか。――――テセウスには、いい考えがありそうだった?」


「他の英雄が集まる前に、牛ハムの足を担いでギリシャ本島に凱旋するって。」


 ギリシャ本島? ……まあ、ここではそういうことね。


「私たちはどうなるの?」


「ピアは僕に食われた。僕はハムなった。子供はまだ生まれていない。」




 なるほど……。さすがは王になる男……の役? 頭がキレるね。そうなると、牛を捕まえるヘラクレス役は必要なくなる。パーシパエの犠牲者が減るか。……いや、まさかヘラクレスも、もうこの島にいたりして?!




 ヘラクレスが牛を捕まえ、多分本島に放す。牛が暴れる。テセウスが殺す。成長したミノタウロスの生贄を、クレタ島が本島に求める。生贄として来たテセウスがミノタウロスを殺す。これが本来の流れのはず。……うーん、多分? 星座に絡まない神話はうろ覚えだ。


 本来、テセウスより前にヘラクレスがクレタ島に来て、更にその前にミノタウロスがお腹に宿っていないといけない。これじゃまるで逆だ。その上ミノタウロスより後に迷宮が作られるはずなのに、もう既にある。……物語の強制力で、代わりにヘラクレスが迷宮に牛を殺しに来ちゃったりしないよね??


 怖くなった私は片付けもそこそこに、確認のために出口に向かった。











+ + + + + + + +



テセウス……女に笑い、女に泣く男




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