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7 エリニコカフェと星空




 いつもの時間になり、出口に向かう。そこにはキュドーンしかいなかった。


 一人で暇だったので、牛の柵を作っていたのだという。パーシパエに、私が迷宮から柵まで出る件のお伺いを立てたら、そんなのどうでもいいと言われたらしい。


 何でも、グラウコスの発見が早すぎてパーシパエの手順が狂ったとかで、今蛇つかいを大捜索中なんだとか。役を付けるにもそれなりに理由付けがいるらしい。




 昨日と同じ作戦でキュドーンが偵察に行くと、蛇つかいである点は諦めて、医術の方にスポットを当てて、お医者さんがアスクレピオス役に決まったらしい。彼も「罰を受けたくないから」と口裏を合わせて上手く小芝居をしてくれて、グラウコスの蘇生作戦は成功した。


 蜂蜜まみれの中、丸一日死んだ振り。繊細じゃなさそうなあの中年グラウコス役じゃ、これ以上長引けばボロが出ていたに違いない。大活躍だったキュドーンを労い、今日の食材を持って、私たちは部屋に戻った。




 いつも通りの夜を過ごした後、寝室に入ってから正座してゴウに告げる。


「朝に起きられない程疲れちゃうなら、夜の夫と嫁のすることはお休みします。」


「嫌だ。」


「毎日しなくてもいいんだよ?」


「……昼も夜もずっとしていたい。」


「じゃあ、朝起きられる様に頑張りましょう。」


「……分かった。」


 そうして私は、久しぶりに回復魔法なしで安眠することできた。







 翌朝、ゴウは起きなかった。……これはやはり沢山寝る牛の性質? 獣人もナチュラルな牛と同じ? ――――それとも私が寝た後に何かしているのか……。


 目覚めたゴウはいつも通り。私も何も聞かなかった。




 いつも通りにお昼を食べて出口に向かうと、今日は二人の姿が確認出来た。


「よう! お陰で助かったぞ!」


「声が大きいですよ。」


 グラウコスがどこかのクマの様に、頭から蜂蜜の壺にダイブすることになった経緯を、本人から聞くことができた。




 あの日、パーシパエの侍女から私用のランプをもらうと、オイルを入れに貯蔵庫に行くように言われたそうだ。案内の侍女に蜂蜜の壺を指し示され、蓋を開けて中を覗くと、後ろからバンと押されたのだ。


 一連の事情を聞いていたグラウコスが自ら頭を突っ込むと、侍女は確認もせずに扉を閉めて出て行ったらしい。次に人が来るまで蜂蜜まみれのまま待機。


 次に扉が開く前に、また壺に顔が浸からない程度頭を突っ込み、引き摺り出された後はずっと死んだ振りをしていたらしい。壺が満タンじゃなくて良かった。そんなに大量には蜂蜜は採れないのかもしれない。もったいない。




 でも今、パーシパエは上機嫌らしい。私もコーヒー豆が大量に手に入った! 肉も卵も野菜も沢山だし、柵の中の牛は、すぐに乳が出る雌牛と取り替えてくれたらしい。


 おねだりするなら今がチャンスだとキュドーンが言うので、暇つぶしにレース編みの道具を頼んでみた。




 待っている間に早速牛の乳を搾ることにした。既に完成していた柵に2頭の牛が待機している。子牛は……そのうち食されるらしい。


 汲んできてもらった水と手ぬぐいで、乳を拭きながら浄化する。「お乳を分けてくださいね」と言いながらピッチャーに搾る。「上手いもんだな〜」と言われるが、実は初体験だ。見様見真似。




 次に二人がお茶用に熾している焚き火で、コーヒーの実演をしてもらう。因みに普段は紅茶だそうだ。


 焙煎してある豆を頑張って叩き潰して、砂糖と水と豆を鍋にかけて混ぜながら煮る。これってトルココーヒーじゃ……。トルコってギリシャと隣だっけ?


 戻ってきたキュドーンも一緒に、カップに移して豆が沈んだら上澄みを飲む。う……ん。グラウコスの努力も虚しく豆が荒い。薄いしイガイガする。




 私は少しの牛乳を鍋で温めて、鍋にコーヒーの上澄みを注ぐ。豆はそのへんに捨てて、鍋の中身をカップに戻す。混入した豆が沈むのを待てば……ああ、こっちのが良い味。二人もこれなら飲めると言ってくれた。


 紙は無理だろうけど布で濾せないかな。あとはすり鉢とかないのかな。もうちょっと細かく豆を挽きたい。豆ガラは……牛糞消臭? そのくらいコーヒー豆を消費する頃には、私たちはどうなってるのだろうか。この夢はどこまで続くんだろう。




 諸々のお礼を言い合って、今日もゴウと部屋に戻る。




 いつも通りの夜を過ごして、今日も夜の夫と妻がする事はお預け。……だけど私は2杯目のコーヒーパワーで寝ないぞ! ちなみにゴウのお口にコーヒーは合わなかったらしい。滅菌した牛乳を飲んでいた。




 夜更け。私が寝ているのを確かめたゴウが、ベットから出た。本当に私が寝てから起きて何かしてたんだ!? ……いや、まだトイレかもしれないし。


 キッチンのドアからゴウが外に出る音を聞いてから、閂を外してあった寝室のドアをそっと開ける。効いてるかわからないけど、気配を消す魔法を自分に掛けてある。


 ゴウは手慣れた様子でスルスルと、あの中庭の木に登っていき、難なく迷宮の壁の向こう側に消えていった。




「えっ……。え〜〜」


 私。私……どうすればいい? 知らん振りしてこのままベッドに戻って、朝におはようを言う? それとも夜中どこに行ってたかゴウを問い詰める?


 でももし……。もしも行き先がパーシパエのところだったら? ゴウは捕まってここに連れて来られたって言ってたけど、毎晩の事もパーシパエの命令でやってたとしたら? 私が寝た後、パーシパエの所に行ってたら? もしも私が妊娠したら? ゴウは去る? 私がミノタウロスを産むまでは居てくれる?


 私……。私は、ゴウの何なのだろう……。




 寝間着のまま。ボサボサ髪のままで中庭に出る。そういえば昼間の格好も今と大差ないな。


 相手が牛だから、口紅も必要ない、お洒落も必要ない。そう安心してた。相手が牛だから、私でも大丈夫、好きになってもらえる。そう信じてた。


 でもゴウは牛じゃない。獣人だ。人の姿も本当のゴウ。


 「ピアがいい」って言ってくれたから? どうして信じたの? 他でもないこの私が。牛じゃないゴウは私を騙すかもしれないのに……。




 空を見上げる。星がある。あの日と、あの夜と同じ星。当たり前だ。まだ何日も経ってない。私の靴、どうなっただろう。


 ケイローンさんの星もあるかな? でも見えない。滲んじゃって。泣いても意味ないのに。誰も助けてくれなんかしない。分かってたはず。ここでも同じこと。


 よかったじゃない。これで未練もなくなった。いつでもいいよ。夢の終わりを迎える時は一人がいい。心の支えだった満天の星の下。目は閉じないで開けていた。最後まで星を見ていられるように……。











+ + + + + + + +



エリニコカフェ……=グリークコーヒー≠トルココーヒー




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