5 アイソポスと食料
それから私たちは、布を洗濯のフリで浄化して干しながら、西の島について話した。
ここは群島で、大きい島には国のようなものがあり統治者がいるが管理は緩い。ゴウは獣人で、西の島には他にも色んな種類の獣人がいるらしい。ケンタウロスにエルフ、妖精、巨人に小人……多分そんな感じの種族もいるみたい。
人間は殆ど茶系の髪。そうじゃないのは、王家の血筋か転移者か人間以外である事が多い。ゴウは白い牛だから、毛はドコも白っぽい。
洗濯がごっこが終わり、扉の内側をドア型にくり抜いて通路を作る事にした。レーザーっぽいのを指から出してレンガを切ったら、ゴウに驚かれた。これでいちいち変身しなくて済むし、服も着られる。扉の内側ではゴウは裸族だし、しょっちゅう……臨戦態勢なので目のやり場に困る。……牛ってそういうもの?
よく考えたらゴウの服はない。シーツでトーガみたいにして着せようとしたら嫌がられた。タオル代わりの布を腰に巻くことでお互い妥協した。
代わり映えのしない夕食の後に入浴。ゴウは牛で洗われるのがお気に入りのようだ。浄化はできても湯船に浸かりたい。湯船では……昨日とはちょっと違った展開だ。
のぼせと疲労を回復して、ワインで喉を潤す。昨日と違って氷を浮かす。冷蔵庫も欲しいな。色々と欲が出る。
庭には出ずに寝室へ行く。……このペースだとすぐに妊娠しそう。だけど人間と獣人とで子供が出来るんだろうか。
そもそもは、ナチュラルな牛と子作りする予定だったわけだけど。本来あれは神話の世界の話で、これは再現。この世界には魔法があるとはいえ、私は神の血は引いていない。牛とじゃ無理でしょう。
パーシパエはどうするつもりだったんだろう。良い子のゴウが捕まらなかったら、別の暴れ牛に食い殺される予定だった? 私が来なければ、神話どおり自分でやる予定だった? 迷宮まで作ったなら、出来るって信じてたって事? 何か危ういな……。
もっと色々考えたいけど、余裕が無くなってきた。本当に、何でこんなことになってるんだろう。……嫌ではない。ゴウはかわいいし。同じ年とは思えないくらい。
生きる事に未練が出来たら成仏できないよ。……ここでは昇天して神になるのか。また輪廻に還るのか。……この温もりが側にある間は、滞空時間が続いて欲しい。浮遊感を覚えて、私は目を閉じた。
次の朝。ちゃんと朝。昨夜、寝る前に頑張って自分に回復魔法を掛けたので、ちゃんと起きられた。
起きてあちこち浄化して回る。魔力の限界も知りたい。布団は虫が消滅するイメージ。効いてるかは確認できない。台所も汚れを消滅させる。見た目では成功している。
「汚れ、消滅して」と、お祈りというかお願いと言うか条件指定というか。そんな感じで魔法を使う。あまり魔力が減ったり足りない感じはしない。
消滅したはずの汚れは、見た感じきれいになっているけど、もう一度「汚れ、チリトリに集まれ」と願うと汚れが出現して集まる。量的に最初の汚れと同量に思える。
消滅ではなく除去して、どこかにストレージされているのかも。何も材料がないところに扉を出現させられないのと同じで、汚れも消滅できないのかも。……物質量保存の法則?
じゃあ材料があればいい? なら牛の精子と人の卵子があって、受精卵を作り、分裂加速させれば……。怖い怖い! 出来るかもしれないことが怖い。考えない事にしよう。
別のこと……じゃあ、ストレージは空間魔法? 成長促進は時間魔法? レンガを切る前に試した、通りぬけフ……ロープは失敗した。草花とかの成長加速と単純な時間の早回しも……なんとなく違う気がする。でも成長促進が出来るなら、ちょっと試したいことがある。食材が手に入ったら試してみよう。
あちこちまわり、コンロの使い方を模索したり、浴室を浄化して乾燥させたりした。……乾燥させた水分は10分後でも桶に集まった。時間が経つにつれて、ストレージから戻る水の量が減ってる気がする。
ストレージ内で拡散、蒸発しているのかも? よく分からないけど、気体になったらヤバい物質もありそうだし、消すより別の場所へ移動するように心がけたほうがいいのかもしれない。
分離して分けたものは別の所に瞬間移動? ということは人も瞬間移動できるかも?? ……でも移動中に何かが目減りしても困るしな。水分とか、体とか、命とか……。怖い怖い! 一般人が手を出していいものじゃないわ。
でも、一応もので試してみたけど、見ないところへの移動はできないらしい。それに汚れとか、水分とかは無くせるけど、そのものそのままは消せない。パンくずは消せるけどパンは消せない。でもこれはイメージ力とか魔力の問題かもしれない。奥が深い。
時々寝室を覗くけど、ゴウはまだ寝てる。食後に横になると牛になる? じゃなくて、牛はよく寝る? いや、ナチュラルな牛じゃないし。……まさか栄養不足で昏睡? 低血糖? 牛に必須の栄養って何だろう?? いや、ナチュラルな牛じゃ……もういいか。
中庭の椅子の上に広げた掛け布団に日が差し込む頃、ゴウは起きた。普通な様子だった。……もしや夜に無理してる?? ちょっと規制が必要かもしれない。
代わり映えのしない昼食を食べて、昨日と同じ様に出口に向かう。最後の曲がり角を曲がって見えた、切り取られたその風景に……牛がいた。昨日の今日で2頭いた。
「わあ、牛!」
私が外へ駆出そうとしたら、グラウコスに体で止められた。外に降りてはいけないらしい。「じゃあ鏡から見える出口正面に囲いを作って、その中へは入っていいか聞いておいて欲しい」と言うと了承された。
今日の物資は他に、卵と乾麺パスタ、トマト、ズッキー……いや、きゅうり。ナス。それと……豚肉? かな。
「おお、卵! 野菜!」
「どうだ! 気に入ったか?」
「気に入りました! これでレタスがあったら完璧だったな。」
「レタスってお前……気持ちは分かるけどよ。」
本当にここはギリシャじゃないのかな? 設定が徹底してる。
「レタスはレタスです。野菜です。ギリシャ的な意味もエジプト的な意味もありません。」
「エジプト……精力剤、ですか?」
「キュドーンさん、何故エジプトの事情をご存知なんですか?」
「もっと南の島には、エジプトから来た人がいます。流浪の旅人の父から聞きました。」
エジプトって死んだらミイラを作って楽園に再生……だっけ? 魂だけ楽園へとか? じゃあなんでミイラが必要? ……分からない。だったらキリスト教圏の人も来てそうだけど。違いはなんだろう? ……土葬? 姿が変わるかどうかかな。うーん、勉強が足りてないな。
仮説。この世界は、生まれ変わり無しでそのまま転移するか、姿形は変わるけど魂はそのままの転生者がいる。そういう死生観がある国の人が地球から来る。
ゴウも言うとおり、東の島とやらには日本からの転移・転生者がいっぱいいるんだろう。だけど……別に会わなくていいかな……。日本人に囲まれたら、また同じことのくり返しになりそう……。
キュドーンの顔を見たまま動かなくなった私に、グラウコスが心配げに声を掛けてくれる。
「お前……エジプトから来たのか?」
「え? いえ……そういう訳じゃ……。そういえばお二人ともこの国の生まれなのに、エジプトからとかギリシャから来たとかを信じるんですか?」
「そういう方たちは、地位があったり重要な役目についていることが多いので、嘘をつく子供の様にはなりにくいですね。」
嘘をつく子供って、イソップの「狼が来たぞ〜」ってやつ? 「異世界人が来たぞ〜」って?
「……狼少年をご存知なんですか?」
「はい。アイソポスさんと名乗る方が過去に西の島にいました。小アジア出身でギリシャで亡くなったとか。太陽神アポロンと北風の神ボレアスの話とか有名ですよ。」
マントを脱がす話って、神様合戦だったのか……。
「イソップはギリシャでしたか。ではこの国全般で転生者や転移者に理解があるんですね。それどころか彼らを装うように役名を付けられると……」
「そうだ。いるってことは知ってる。役も付けられてる。だがそんなことまでする意味は理解できんがな。この国にも神は沢山いるが、主神は鳥神様だ。お偉いさん方は一体何の神になりたいんだろうな。」
「ギリシャの鳥神? ……イカロス、なわけないかぁ。」
「お前、イカロスを知ってるのか?」
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アイソポス……イソップ寓話の語り手