4 タウロスクレタイオスと牛乳
ゴウのお嫁さんになった。
ゴウは、真面目で丁寧で辛抱強く律儀で、しつこくてねちっこくて往生際が悪かった。――――往生際。人のこと言えないか。
とにかくもう日が高いのに、腰砕けで起き上がれない。こんな時魔法が使えれば、自分を回復させるのに。
そう思ったら、ふわっと温かい風が吹いた様な気がした。驚いて起き上がると、起き上がれた。……もしかして回復した??
試しに自分たちを浄化してみれば、きれいになった。――――これはもしかして……。
「ゴウ、起きて! あなたの魔法の力、取っちゃったかもしれない!」
「……ん、別にいい。」
「よくないよ! 何か魔法使ってみて!」
「……ん。」
ゴウが手を上げると、部屋中に花吹雪が舞い踊り、そして消えた。
「ピアは花好き?」
「花。……うん、お花は好きだよ。……ゴウの魔法、消えてなかったね。じゃあなんで私も魔法が使えるようになったんだろう。」
「ピア、困る?」
あまり表情の変わらないゴウが、眉根を寄せた。
「ううん、困らない。嬉しいよ。でもこれも二人だけの秘密だね。」
「分かった。」
「……ところで、配給品を貰いに行く時間は決まってないの?」
「中庭に日が差したら取りに行く。」
「……それってすぐじゃない?? 起きなきゃ!」
「分かった。」
回復と浄化のおかげですぐに起きられる。昨日と同じ様なだぼだぼワンピに着替える。そういえばブラはパーシパエの所で脱いだきりだ。ちょっと落ち着かない。パンツはゴムじゃないけどそれっぽいのがあるのに。
中庭に出る前にゴウに確認する。
「服を着たまま牛になったら服はどうなる?」
「破れる。」
「そっか。分かった。」
ちょうど服を着ていなかったゴウは、そのまま牛になって中庭に出る。
「どう? もう時間?」
「まだ大丈夫。」
「……ここって時計はないの?」
「鐘がなる。でもみんな時間は気にしない。」
スローライフってこういうことだっけ?でも人を待たせてると思うと落ち着かない。
「そうなんだ……。じゃあご飯食べよ。昨日と同じだけどね。」
キッチンでまた人に戻るゴウ。忙しない。内側にも扉が欲しい。扉は無理でもくり抜けないかな。……まあそれは後で。
サンドイッチを作り食べる。ゴウには多めに。まともな食材が欲しい。自分だけならエンドレスサンドイッチを気にせず食べ続けるけど……。
「ゴウは何才?」
「多分……24才。最後に会った時、カイロンが星座2周り分の数と言ってた。それから一年経ってない。」
「星座は12?」
「そう。」
24才じゃ、食べ盛りの子供ってわけではないだろうけど成人男性だしね。ちょっと食事の内容も考えたい。これが生活のハリというやつだろうか。……あと、朝からワインはない。水でもいいけどさ。私もこの国の食料事情が知りたい。
「じゃあそろそろ行こうか。ゴウは待ってる?」
「一緒に行く。」
「二人でいる所を見られても平気?」
「牛になるし、喋らないから平気。」
「分かった。じゃあ行きましょう。」
昨日の籠にワインの瓶を入れて持って行く。口紅の跡は残っているので、一人でも行けそうだ。しばらくして出口に付く。兵士が二人居るようだ。
「こんにちは。」
「お、お前! 大丈夫だったか? ……牛も一緒か。その様子じゃあ、酷いことにはなってないみたいだな。」
「え? 酷いこと? この子はいい子ですよ。……はい、瓶を返しに来ました。」
「お前……。別人みたいに人間らしいな。昨日は妖精の抜け殻かと思ったぞ。」
「……ええ、抜け殻でしたね。でもこの子が可愛くて可愛くて。環境を良くしてあげたいんです。パンとハムとチーズとワインを毎食食べ続けるのって、この国の普通ですか?」
「あー、せいぜいが毎朝だ。昼はパスタとか。夜は肉だな。」
「野菜は食べませんか? 果物は?」
「俺らはあんまり食べねえよ。なあ。」
「希望すれば取り寄せられると思います。」
顔は見なかったけど、多分昨日の二人だろう。ガサツっぽい中年と、育ちが良さそうな青年。元が牛のゴウ程じゃないけど、何だかデカい。
二人とも茶髪に茶色い目。中年は赤茶色、青年は黄土色っぽいかな。栗の外と中みたい。栗色ってどっちの色だろう。
この男子たちのキラキライケメンっぷりは、私の願望なのか、異世界あるあるか。……そういえば私、寝て起きた。これが対空時間の夢という願望も、風前の灯だ。
「あと……洗濯用の盥と洗剤とロープってもらえます?」
「大丈夫だ。」
「……あの、お二人って1日中ここにいるんですか?」
「牛が来てからはずっといるな。昼飯も茶の準備もばっちりだ。」
「夜もここで?」
「いや、夕飯前には帰る。……逃げるなよ。」
「……牛はいつ来たんですか?」
「2、3日前です。」
「ああ、そのくらいならよかった。この子が一人でずっと、ちゃんとしたご飯を食べてなかったのかと思いまして。ちなみにこの国は、牛乳とか飲む習慣ありますか?」
「牛乳? 羊かヤギ乳なら飲むが、牛は……。もしかしてその牛、子供なのか?」
「さあ……分かりませんけど。私は国で毎日牛乳を飲んでましたので。」
「牛を2頭飼えばそのうち仔を産んで乳を出すでしょうが……。」
「さすがにそこまでのわがままは言えない、かな。」
「まあ聞いてみるさ。」
「お手数おかけしますが、諸々よろしくお願いします。」
「難しい言葉を使えるんですね。」
「……そうですね。コーヒーだって飲めます。」
「あの苦い汁か? 凄いな!」
「この国にもコーヒーがあるの??」
「ありますよ。人気が無いので安価です。」
「素晴らしい! 何はなくとも是非コーヒーは手に入れて欲しいです。」
「いいぜ。」
色々頼んでふと、図々しかったかと後ろめたくなった。
「ところで……私たちなんかに見張りを2人もつけて、タダ飯を食わせる程の価値があるんですか?」
「そりゃ〜お前、あの……牛とさ、子供を作らせるっていうお役目があるからだな……。」
「あ、ご存知なんですね。有名な話なんですか?」
「はい。そのために有名な工匠のダイダロスを呼んで、迷宮を作らせた程ですから。完成までの間に知れ渡りました。」
「……あの、後ろの鏡。音声もパーシパエ、様に伝わるんですか?」
「写った姿だけと聞いています。」
「牛の子供を産ませる理由って聞いてますか?」
「……パーシパエ様が神になるためと聞いています。」
「うーん……。そうですか。他人にさせても意味があるんでしょうかね。しかも自分だけ。王様はいいんでしょうか。……ところでお二人はお名前は?」
「グラウコスだ。」
「キュドーンです。」
「マジですか……!? それは、生まれ付きの名前?」
「いや、ここで働くことになって付けられた。」
「私は最初からです。」
「お二人とも、ミノス王の血縁者って訳じゃないんですよね?」
「ああ、違う。」
「私は……母親が分かりません。父も放浪の旅人なので……」
「そうなんですね。失礼しました。」
「そういう訳で、逃げないでくれたら別に告げ口とかしないからよ。」
「助かります……。あ、ここにものを取りに来る時間っていつ頃がいいですか?」
「私たちがいる間ならいつでもいいですよ。」
「分かりました。ありがとうございます。では、よろしくお願いします。」
振り返るとゴウが寝そべっていて、鏡にパーシパエが映っていた。目を合わせないようにしながらゴウの背をさすって起こし、角を曲がる。次の角を曲がった所でゴウが囁いた。
「持つ。」
そう言って頭を下げて角を差し出す。
「ありがとう。」
安定感が悪そうだけど、今日は相変わらずのパンハムチーズなので重くない。瓶は私が抱えて持つ。
中庭に着くと、ゴウが牛のままこちらを向いた。
「ピア、沢山喋った。」
「そうね。あんなに喋ったのは本当に久しぶりだった。」
「……僕とも沢山喋る。」
「そうね、そうしよう。」
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タウロスクレタイオス……クレタ島の牡牛