3 ミノタウロスと迷宮
日が陰ってきた頃、ゴウが言った。
「ご飯を食べよう。」
「……そうね。」
私は立ち上がり、ゴウと一緒にダイニングキッチンに向かった。そこには保存食が色々置いてあった。
「ゴウは何を食べるの?」
「ピアと同じでいい。」
「ハムも食べる?」
「食べる。」
共食い……にはならないか。多分ハムはブタだと思う。取り敢えずハムとチーズでサンドイッチを二人分作る。飲み物はワインらしい。渋くないといいな。
テーブルに運び、さて困った。ゴウはどうやって食べるかな。取り敢えずサンドイッチを口元に持っていってやる。こぼさず上手に咀嚼して、3口で食べ終わった。
今度は自分の分のワインをコップに注ぎ置き、残りを瓶ごとゴウの口に運ぶ。上手に飲んだ。ビールを飲む牛がいるんだから、ワインも平気だろう。
……瓶。こんな整った瓶って古代にある? ガラスはクレタにはあった? ワインも透き通った、そんなに濃くない白ワイン。……やっぱりここは古代のギリシャじゃない? 悲しみの輪廻の世界ってどういうことだろう。
パーシパエは転生したって言ってた。魔法もあるし、牛もしゃべるし、ここはよくある異世界ってこと? じゃあ私は、対空時間じゃなくて異世界転移なの? ここが魔法の世界なら、本当にミノタウロスも産めちゃう??
「ピア、もっと。」
「あ、ごめんなさい。……ゴウは酔っぱらわないの?」
「平気。」
「飲めるお水は無いのかな?」
「庭に井戸とは別に湧き水がある。」
ピロリ菌とかボツリヌス菌とかが若干気になる所だ。
「この世界には魔法があるんだよね?」
「ある。」
「ゴウは使えるの?」
「使える。」
「……私も使えるかな?」
「やってみれば?」
使えませんでした。瓶に水を汲んできて、ゴウに浄化してもらう。……浄化の概念が伝わったかどうかは怪しい。魔法はいくらでも使えると言うので、食器も浄化してもらった。
「魔法が使えることは秘密じゃないの?」
「……秘密。」
「分かった。じゃあ外の人にはバレないようにしよう。ゴウが喋れることは?」
「……秘密。」
「分かった。秘密を見せてくれてありがとう。」
「嫁だからいい。」
「そう……。お風呂に入りましょうか。洗ってあげる。」
石造りのバスルームには湯船もあった。お湯の蛇口をひねるとお湯が出た。どういうシステムだろう。瓶といい、実は技術は進んでるのかな。お湯を溜めながらゴウに温めのお湯を掛ける。
「熱くない?」
「平気。」
石鹸じゃなくボディソープがあった。これを固めたのが石鹸……なわけないか。シャンプーもコンディショナーもある。……そういえば字が読めた。よくある翻訳チートだろうか。私にもそれなりの嗜みはある。
「石鹸しみない?」
「平気。」
顔も洗う。いいというので手桶でお湯をぶっかけて流す。体も流す。床に横たわってもらってお腹側も流す。
「先に出てる?」
「ここにいる。」
私は気にせず自分を洗って湯船に入る。
「ゴウは……さすがに入れないか。」
「入れる。」
そう言うとゴウは立ち上がり、そして立ち上がった。ニ本足で立って、人になった。
「…………」
「入っていい?」
「どうぞ。」
ゴウは後ろ側に座り、私のお腹に手を回してくる。
「……人になれることも秘密?」
「秘密。」
「そっか……」
驚いた。びっくりした。牛として連れて来られたけど、実は人間が変身、していた? そしてそれを誰も知らない……。私以外は?
「どっちが本当の姿なの?」
「どっちも。」
「そのことを知ってる人は、私以外にもいる?」
「……賢者。」
「その人は……人?」
「半分、人。」
「ゴウみたいに変身するってこと?」
「違う。体は人。足が馬。」
「ケンタウルスの賢者……射手座のケイローン?」
「ケイローン。そう。」
「ここは本当にギリシャじゃないの?」
「ギリシャから来てギリシャを作るという人が沢山いる。」
「ギリシャからの転生者と転移者が多いのね……」
じゃあなぜ私はここに転移したのだろう。星座が好きでよく星を見たけど、ギリシャ自体に詳しい訳じゃない。それに……。
「あ、牡牛座。」
いや、牡牛座の牛はゼウスで、ゴウではない。それにここはギリシャ神話の世界じゃないってば。知ってる固有名詞が多すぎて混乱する。
「ゴウのお父さんとお母さんは?」
「いない……。賢者に育てられた。」
「そっか……」
私はこだわりが強い女だ。でも、もう何にもこだわらないと決めたはずだった。もう神話にこだわるのは止めよう。
「もう出ようか。」
ゴウが牛じゃないとなると色々困る。いや、牛じゃなくて良かったこともあるけど。……まあ今更か。潔く湯船から上がると、拭く布を取る前にゴウに後ろから抱き締められる。
ウソ、早すぎ……と思ったら魔法で乾かしてくれただけだった。パーシパエの冷風と違って、ちゃんと乾いた。私は寝間着を着る。
扉を開けると中庭だ。熱くも寒くもない。空には星が輝いていた。見える星は日本と……あの夜と同じだった。
異世界のはずなのに、空は地球と同じ。ギリシャも緯度は日本と同じくらい。本当にここは異世界なのか。もしかして、過去に……。いや、牛が人になったし……。
色々考えながら星を見続けていると、ゴウに手を引かれた。
「もう寝よう。嫁と夫はすることがある。」
やっぱり展開が早い……。無理やりじゃないだけましか。私もゴウのことは嫌いじゃない。会ったばっかりだし、人じゃないのに不思議だけど。
「……ゴウはした事があるの?」
「ないけど兄弟に習った。」
「兄弟がいるの?」
「賢者は沢山子供を拾って、弟子として育ててた。その仲間。」
「いつか賢者様とゴウの兄弟たちと会えたらいいな。」
「賢者が死んでみんなバラバラ。賢者を継いだカイロンも大陸に行った。」
「大陸があるの? ここは島?」
「ここはクレタ島。小さい島は名前がない。西の島たち。」
「たち? 群島なのかな。小さい島が沢山?」
「そう。」
私たちはダイニングに行って、コップでワインを飲みながら少し話すことにした。
「ここの世界は何て言うの?」
「……鳥神様の世界。」
「悲しみの輪廻の世界じゃなくて?」
「それは古いギリシャから来た人が言ってるだけのこと。」
「……何かそういう宗教があったのかな。世界は西の島たちと大陸だけ?」
「東の島。……黒い髪の人たちが住む。……ピアも行くの?」
「え? ……うーん、わからない。ここのことは全然わからないの。」
「ギリシャから来た?」
「いいえ、日本よ。」
「ニホン。……西の島、古いギリシャ人が多い。東の島、ニホン人多い。」
「なるほど。異世界だけど、地球出身者が多いんだ。」
「チキュウとは空で繋がる。賢者から聞いた。」
「だから星座も同じ? パラレルワールドなのかな。鳥神様だから? 天空神なの?」
「太陽神と月の女神の夫婦神。」
「地球と全く同じな、いえ日本と同じなわけじゃないか。じゃあアポロンとアルテミス? でもあれは兄妹で……」
「ピア、もう寝よう。」
「あ、そうね。ごめんなさい。寝室に行きましょう。」
そうして悪あがきの時間稼ぎは甲斐もなく時間切れ。二人で寝室に向かった。
寝室の大きなベッドの上に二人で座り、向かい合う。
「兄弟にはなんて習ったの?」
「舐める。捏ねて柔らかくする。痛まなくなるまで。」
うん……。間違ってはいない様だけど不安だ。
「場所も習った?」
どうやら実演で教えてくれるようだ。寝間着を脱がされキスされる。
「ここと……ここと……ここ…………。痛まなくなるまで。」
「うん。」
間違ってはいないようだ。ゴウはもうその気だし……。牛並みか……。
清水の舞台より高い所から飛び降りたのだ。何でもできるはず。私はいよいよ観念して、ゴウに身を委ねた。
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ミノタウロス……牛頭人身の怪物