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2 メテンソーマトーシスと苦痛




「あなたは神になりたいのですか?」


「あたりまえでしょ! あぁ……。あなたは別の国から来たのかしら。髪が真っ黒だしね。小アジア? ……まあとにかく神性を示すためとはいえ、わたくし自身が牛と交わって子供を産むのは、さすがにちょっと嫌だったのよ。そこに運良く、天から現れたのがあなたってわけ。」


 牛と交わるってマジか……。ミノス王の母の相手も牛だったけど、あれはゼウスが変身してたわけで……。パーシパエの相手は本物の牛だったはず。女神でもなきゃ無理でしょう?!


「……自分でやらないと神性は示せないのでは?」


「そうなのよね……。こっそり子供を産ませてから、わたくしと交代すればよかったかしら。」


「……それは誰に対してのこっそりですか?」


「……まあそうよね。小細工は天にはお見通しだわ。だからって牛と交わるのはねぇ。……でもまあ、非道を働くのも神の技のうちだし、従わせるのも力のうちだし。多少話が違っても、結局神性を示せればいいのだから……。ええ。あなたがやりなさい!」


「…………」


 いや、無理でしょ。嫌だけど、非道の技で無理矢理……となっても、産むのは無理でしょ? 種族が違うって! つまりは頭が牛の、ミノタウロスを産めって事だよね?? あれおとぎ話でしょ? あ、神話か……。そもそもするのも無理だし!




 無気力ではいられない程度に生気が戻っても、反論するほどの気力もなくて私が黙っていると、パーシパエが畳み掛けてくる。


「衣食住は保証するし、覗き見はしないわ。見てはいけない物を見るとろくな事にならないと教わったし。」


「……誰にですか?」


「高名な吟遊詩人様よ。」


 覗かれないなら、牛の飼育員をしてるだけでもバレないかも。いいことを吹き込んでくれた吟遊詩人バード様々だ。……それにしても、いつまで続くの、この夢は?


「…………」


「本来、牛の子が生まれてから作る迷宮を、実はもう作ってあるの! そこであなたが牛と上手いことやって頂戴。食事とか必要なものは、迷宮の入り口まで運ばせるわ。じゃあ妊娠したら教えてね! ……誰か! この娘を連れて行きなさい!」







 部屋に入って来た男が、私を床から抱え上げて退出する。汗臭くない。黙って建物の外に出てしばらく歩く。芝生を越えると木の茂った森のようなところがあった。幹の隙間にレンガの建物が見える。


 建物の入り口に着くと、そこそこ開けたスペースに、日帰りキャンプセットみたいなものが広げてあった。見張り用か。扉の無い建物の入り口には、私用の靴や食料、衣類などが入った籠が置いてあった。




「生活に必要な物は中に揃っています。牛は毎日ここまで食料を取りに来ますから、付いてくればここまで来られるでしょう。これよりここから出ることは出来ませんが、必要な物は私たちに言えば持って来ます。……どうぞご無事で。」


 そう言って建物の内側、黄色いレンガの上に降ろされた。後ろを見ると、兵士のような格好をした男が二人、こちらを見ている。入っては来ないようだ。そして立ち去りもしない。




 私は溜めていた息を全て吐き出した。


 あそこはそれほど高い建物ではなかったのに、滞空時間が長すぎる。……どうやら終わりにしたはずなのに、また始まってしまったようだ。しかもかなり厄介な始まりだ。


 これなら前のままの方がマシだったのかもしれない。これが悲しみの輪廻と言うやつなのか。


 でも私は生まれ変わってはいない。服もそのまま。……靴は脱いだので履いてなかったけど。確かに私が置かれてるのは「逃げないのか?」と聞きたくなるような状況だった。牛と子作り。ミノタウロスを産むまで迷宮から出られない。


 とりあえず、私が見える所から居なくならないと男たちも立ち去れないようなので、何とか動くとしよう。……あれ? さっき牛が毎日食料を取りに来るって言った?




 座ったまま、籠から靴を出して履く。グラディエーターみたいなサンダルだ。ずっと、というほどでもないけど、立っていなかったので、壁にすがって立ち上がる。


 籠は……重かった。なんとか突き当りの曲がり角まで引きずって運んで、ギブアップした。


 中を探ると洋服はカモフラージュの様で、中に台座の付いた鏡が入っていた。重いのはこのせいだ。それに……何というか……毒リンゴを訪問販売する女性が覗いていそうな鏡だった。


 だから入り口から突き当りの壁に寄せて、床に鏡を設置した。私が去れば兵士風の男たちが鏡に映るだろう。




 それを出したら籠は軽くなった。持ち上げて立ち上がる。迷宮とはいってもまだ一本道だ。次の曲がりかどを見ると、レンガの影から白いつのが見えていた。


 お迎えか。あれと子作りすると思うと複雑な心境だけど……前門の虎、後門の狼ならぬ、行く先の牛、出口の兵士。であれば、こちらをそっと覗うだけの慎重さを見せる、牛の方を選ぼう。私に選択肢などないのだけどね。




 不思議と私が曲がり角にたどり着く頃には、牛は次の曲がり角に着いている。通路は薄暗いながらも明かりがある。念のため、入れられていた口紅で印を付けて進む。牛相手に口紅が必要になるはずもないし、惜しくない。


 ようやく開けた場所に着く頃には、口紅は大分減っていた。驚いたことに吹き抜けの中庭がある。今のところ逃げはしないけど、奥のあの木は登れそうだ。中庭の側面L字に扉がいくつかある。牛は見当たらない。


 壁の扉を次々に開けていくと、大きなベッドのある寝室、バスルーム、簡易キッチン付きのダイニング、クローゼット、空の書斎だった。牛はいない。




  中庭のベンチに座りながら、豪雨が降ったら水捌けが悪くて、部屋に浸水するのではないかと思いながらぼんやりしていた。ふと見ると、迷路の影に牛がいる。


「おいで。」


 先住民に挨拶しなければ。座ったまま手を伸ばして待っていると、牛が近寄って来る。全身白い牛だった。手のひらを舐められる。そっと背を撫でながら話し掛けた。


「あなたも厄介なことに巻き込まれたね。」


「……ゴウ」


「え?」


「名前」


 牛が喋った。口が微妙に動いてる。呼んだら来たし、言葉は解るとしても、どういう仕組みでしゃべってるの? ……どうでもいい事にいちいちツッコミたくなるのが、いつもの私だった。少し調子が出てきたようだ。


 魔法? そういえばパーシパエも風を出してた。ここには魔法があるという設定なのか。夢のくせに芸が細かい。




 ともあれ、先住民に名乗られたら返さなくては。魔法がある世界で、本名は名乗らないほうがいい? さて、なんて名乗ろう。……私は名前の一文字を取って、牛に名乗った。


「私のことはピアって呼んで。」


「ピア」


「そう。ナシって意味。」


「ピア、ある。」


「……そうね。私はここにいる。」




 私は牛の首に手を回した。温かい。こういう温もりを感じたのはいつぶりだろう。毛は白くてすごく短い。角も白い。神獣というやつだろうか。……私は本当にミノタウロスを産むんだろうか。


「ゴウは何でここにいるの?」


「捕まった。」


「逃げなかったの?」


「嫁が来るって言われた。」


「……そうなのね。」


「寝るとこと食べるものがあって、酷いこともされない。」


「……そうなの。あのね、お嫁さんは私なのよ。牛じゃなくてごめんなさいね。」


「ピアがいい。」


「……そう。……ありがとう。」


 私がいいと言われて泣きそうになった。牛相手におかしいけど。しばらくの間私は牛に、ゴウにしがみついていた。







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メテンソーマトーシス……肉体内への転生




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