エピロゴス 〜ピアと梨花
「それじゃ、くれぐれもよろしくお願いしますね。少年趣味の輩になんて、絶対手を出させないでくださいね。」
「おう! 我らが父、我が師匠、賢者ケイローンの名において誓う。ゴウの子供には手を出さないし、他の男にも触れさせない。」
テセウスが聞き覚えのある誓いをしたけど、あの時は……。賢者様も名前を出されて夜空の向こうで泣いてるんじゃないかな。
「変な女にも引っ掛からないようにお願いします! あ、そういえば……。パーシパエのもう一人の娘はどうなりましたか?」
「ああ、パイドラーな。あれ、クレタ島王家の実子でさ。正式に政略結婚することになった。」
「おめでとう……でいいのかな?」
「まあ、連れて歩くわけじゃなし、誰でも変わらんよ。」
「酷い言い草ですね。……時にテセウス氏、他にご子息は?」
「いや、まだどこにもいない……はずだ。」
「じゃあ、パイドラーだけにしとけば幸せになれます。」
「あー……善処する。」
テセウスは女漁りをしなければ、国を追われることも、殺されることもないはずだ。
「……嫁を拐いに行くとか、ギリシャ神話って自由すぎません? あの……長生きしてくださいね、兄弟子様。」
「母さん、父さんがヤキモチ妬いてるよ。」
ゴウの隣で笑ってるのは12才のサトルヌス。
「もう出港だからさ。」
そう言って、私にハグしてくるのは10才のメルクリウス。
「うわ〜ん、ユピテル、サトルヌス、メルクリウスまで本当に行っちゃうの?」
「母さん、英雄王たちの役に立ってくるよ。通る度にここに寄るからさ。」
兄弟で、ヘラクレスの次くらいに大きいゴウと、肩を並べるのは16才のユピテル。可愛い私の子供たちだ。
「ユピテル、二人のこと頼んだよ。放ったらかしにして夜遊びに行かないでね。」
「ピアさん、私も付いて行きますから安心してください。メルクリウスは私の分身のようなもの。決して危険な目には合わせません。」
横からカットインしてきたヘルメスに、ゴウが詰め寄る。
「僕の子だ!」
「もちろんよ、ゴウ。名づけ親って意味よ。それに神話のメルクリウスは、ヘルメスと彫像がそっくりだからそう言ってるだけなの。本物は全然分身じゃないよ。」
「……分かった。」
8人のパパになっても素直なゴウ。相変わらずな兄弟子テセウスも、ゴウを優しい目で見た後に言った。
「よし! 出港するぞ! 皆、乗船しろ!」
「「「おー!! 」」」
「ほら、母さん! サンドイッチ運ぶの手伝って!」
メソメソする私の代わりに、みんなの朝ご飯を運ぶ娘は14才のウェヌス。
「はーい。」
「本当にウェヌスはしっかり者に育ちましたね。」
「ヘルメスさんはシャニとこれ運んで!」
自分を褒めたヘルメスをも使う娘、頼もしい。
「本当に姉さんは母さんよりもうるせえよな。」
8才のマルスは憎まれ口をきくけど、根は素直だ。頼めばちゃんと聞いてくれる。
「マルス! ラゴウとケイトを連れて来て! その辺走り回ってるから。」
「へいへ〜い。」
私はあれから2年ごとに本当に8人産んだ。神託は「木金土水土火と、月の昇交点と降交点の子を産むだろう」だったそうだ。そのつもりでヘルメスが名前を用意していてくれたけど、3番目の土星、サトルヌスは男女の双子だった。
困ったヘルメスは、知人の部下に教えてもらったインドの神様の名前も混ぜて付け直してくれた。シャニは12才。5番目から3番目に前のめりに生まれてきた。サトルヌスは4番目。これもきっと神様の思し召しだろう。
末の下の二人の名前は、ヘルメス案ではドラゴンヘッドとドラゴンテイルだった。嫌な予感が的中。それはない。しかもまた男女の双子。例のインド出身の部下さんは、3番目の時点で残り6人分の名前をインド案・漢字案で記してくれていたので、羅睺と計都を採用した。
下の双子はもう6才。ずっと避妊はしてないけど、ヘルメスの言う通り8人で打ち止めだった。
救世主の力とやらは、8人に分散したようだ。お客さんはここに来るとツキがあるとか、悪運が落ちるとか言いながら、どの子も抱っこしてくれていた。魔力も普通の範囲でみんな持ってる。
これも、最初から8人と決まっていたからこそらしい。もし生まれたのが一人だったら、集約した力の暴発を防ぐため、神々に預けられていたかもしれないということだった。それ程にゴウの厄は強力だったようだ。
それもあってか、ヘルメスはどの子の出産の時にも待機してくれていた。とても面倒見がいい。
8人目を産み終わってから、私の魔力は無限じゃなくなった。鳥神様の加護が無かったら、魔法も使えなくなっていたかもしれない。
交わった結果で力を授かったわけじゃないと知った私が、「良かった! ゴウはカミサマじゃなかったんだね」と喜んだら、ヘルメスに優しく微笑まれたのだった。
王になったテセウスも、他のみんなも相変わらず。だけどアルゴー船は、芸から貿易にシフトした。生身の人間には、いつまでも曲芸は大変だよね。
陸に降りて仕入れを担当するメンバーもいる。細かく砕いた粉コーヒーと粉乳は、この島の名産だ。劣化を防ぐ樽と袋は非売品です。
少しの荷運びが終わり、いよいよ出港だ。厄を引き受ける英雄を助ける、救世主のお役目とはいえ寂しすぎる。
「いってらっしゃ〜い!」
出航したアルゴー船の甲板で手を振る子供たちに、私は泣きながら力いっぱい振り返す。後ろからゴウが私を抱き締めてくる。
相変わらず口ベタで、素直で、心配性で、ベタ甘な旦那様。子供の前でくっつかれるのは抵抗あったけど、ここは日本じゃない、西洋寄りの異世界だ! と思って慣れる事にした。未だに防音魔法が必要になります。
気を使ったウェヌスが、シャニと下三人を連れて店に入る。中2の娘に気を使わせるとかありえないけど、お母さん今、後ろからロックが掛かってて身動きできないの……。
「本当に私は幸せものだわ。」
「僕もだ。」
「……死ななくて本当に良かった。」
「僕がピアを死なせない。」
日本での最後の事も、どんな生活をしていたのかも、ゴウには話してない。もう過ぎたことだ。なんだかヘルメスにはお見通しのような気もするけど、聞かれはしない。
冷たくないけど個人主義。踏み込まないけどいい距離感。そういうものだと思えば疎外は感じない。とても私にあってるみたい。あの時の私に教えたい気もするけど、どっちみちここに来るんだから関係ないか。
船の上空をカモメが2羽飛んでいる。孔雀をやめた鳥神様だったりして。周囲に馴染む種類になるって言ってたしな。……それはあの時の私ができなかったことだ。自分を頑なに持ち過ぎて浮いてた。「右へならえ」の日本より、個人主義の西洋風が私には向いていたのかもしれない。
「運命ばんざい!!」
「バンザイって何?」
私は笑いながらゴウの手を引き、子供たちが待つキグナス港のコーヒーショップへと戻って行った。
********
『梨花の子たちが旅立ちましたね。』
マストに止まった小ぶりのカモメが、カモメらしく言った。
『世界の歪みを正してくれるだろうな。』
大きなカモメが、カモメらしく言った。
『ゴウの気の毒なサガもきれいサッパリ消えましたね。』
『厄災を撒き散らしたパンドラの箱には、最後に瑞兆が残るんだ。』
「おい、カモメ! マストに糞するな〜!」
メルクリウスが魔法の水球をカモメに向かって放ってきた。慌てたヘルメスがそれをやめさせる。
『僕たちもうちょっと特別感があった方がいいんじゃないか?』
『そうですね、馴染み過ぎましたね。』
『瑞兆、瑞獣、鳳凰がいいよやっぱり。』
『孔雀よりはマシかもしれませんね。では!』
『地味さが必要な時は雉でもいいな。じゃあ!』
2羽のカモメは姿を鳳凰に変えて、太陽の中へと消えていった。甲板では驚いて尻もちをついたメルクリウスと、苦笑いするヘルメスだけがその姿を見送っていた。
おわり
最後までお読みいただきありがとうございました。よろしければ評価とブックマークもお願いいたします。
次回作『紫陽の女神と生命の円環』は2月1日連載開始予定です。