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17 キグナスと八王子




 今日も温かい潮風が気持ちいい。


 港から奥、森の中の開けた所に我が家がある。森のきわに、柵と結界が張ってあるから寄港客は入れない。入って来ても感知できる。


 家から小道を抜けた所にある、このプライベートビーチの脇は崖だから、裸で泳いでても見咎められない。私もギリシャ風が身についてきたようだ。


「ピア。裸は駄目。見られる。」


「ゴウもずっと裸だったのにね。」




 この島の家は一軒だけ。寄港しても船員が寝るのは船。居つかれると困るからとテセウスが決めた。所有権がゆるい西の島々は、常によそ者による乗っ取りを警戒しないといけないそうだ。


 テセウスは本当にデキる上司だった。この度アテナイ島の王様になるそうだ。毒殺を仕掛けてくるはずのメデイアという継母も現れなかったので、順風満帆だ。神話にはない彼の家出が、流れを変えたのかもしれない。


 実はアルゴー船には、他にも王とか王子が乗っていた。政務は? って思うけど、どこも個人主義で、村の延長みたいな緩い感じの運営らしい。……乗っ取りは警戒しなくていいのかな??




 さっきゴウがとった魚で作った、朝のスープを飲んで私たちは港の店に向かう。


 まだ早朝のうち。港には、昨日から寄港している船しかいない。コーヒーを淹れて、サンドイッチを作り、時間停止を掛ける。彼らが来るかどうかは分からないけど、来る時は一度に満席になることが多い。




 カランカランと懐かしい喫茶店のドアベルの音をさせて、入って来た人物を見て私は固まった。キュドーンだった。


「おはようございます。」


「……いらっしゃいませ。」


 あの日、甲板にいたゴウのことを、キュドーンが覚えているかは分からない。私のイメチェンは変装として通用するのだろうか。


「サンドイッチとコーヒーでいい?」


「はいそれで。」


 キュドーンは、私が出したコーヒーに添えられた粉乳を見て、怪訝な顔をする。


「これは……」


「最近人気のコーヒーミルクよ。保存も効くからアテナイから仕入れたの。」


「アテナイ……。そうですか。」


 納得した様子でキュドーンは静かに食べ始めた。何かを考えている様子で、周りを見渡すこともなくきれいに食べ尽くした。


「ごちそうさまでした。」


 キュドーンはろくに私の顔を見ずに、お金を払って出て行った。


 カランカランとドアが完全に閉まってから、パンを捏ねていたゴウを振り返る。


「あの人、気付かなかったね。」


「見る目がない。」




 その後、キュドーンの船の乗組員が店にドドッと来ては、サッとはけて、無事に出港していった。




 窓から外を見ると、船を見送る二人。居座り組かな。他に船はない。困ったな……。


 ゴウと顔を見合わせた時に、聞こえてきた音楽の調べ。しばらくすると、竪琴とアンデスっぽい笛を鳴らしながらドアの前に二人が立った。


「……いらっしゃいませ。」


「♪〜」


 ドアを開けると、入ってきた二人はそのまま演奏を続けた。演奏が終わるのを待つ間、私たちは厨房を片付け、三人分のコーヒーとゴウのミルクを用意する。


 そろそろパンも焼き始めようかという頃に曲が終わった。




「無事キュドーンを誤魔化したね。ピアちゃん別人だもんね。」


 オルペウスが砂糖を混ぜながら言った。


「はい、お陰様で。」


 ヘルメスは粉乳を入れながら言う。


「ピアさんはしばらくの間、海に入るのは止めた方が良いですよ。折角の子に触ります。」


「えっ……。」

「ピア!」


「いいね〜いいね〜感動の瞬間!」


 もちろん感動! ……だけど見られてた??




 コーヒーを味わってから、おもむろにヘルメスがゴウに言った。


「ゴウ君はピアさんと会ってから……人から忌まれなくなったでしょう?」


「はい。」


「試練を与えられる英雄って、大抵お盛んだろ? 他人の分の試練も集めて代わりにこなすんだよ。」


 オルペウスが言うのが何のことかよく分からないけど、見境なく盛って受ける試練といえばあれしかない。


「……性病ですか?」


「ぶはっ。」


 吹き出さなかったヘルメスが説明する。


「違います。東じゃ厄とか言ったかな。ゴウは特殊で、生まれながらに厄を沢山持っていてね。不運や疫病を周囲に撒くから、ケイローンは移動しながら育ててたみたいですね。彼が育てた他の子たちは、変わり種が多かったから、厄に免疫があったみたいですが。普通の人はそうはいかないからね。気づかれると忌まれることになるんですよ。」


「厄……」


「テセウスやヘラクレスなんて、まさに試練をこなす英雄でしょう? 典型的ですね。彼らは英雄の因子を持っているけど、身を慎めば厄は増えないんです。彼らには内緒だよ。試練をこなすことが、神への道だと信じられているからね。」


「俺もまあ試練を受けたけど、妻が死んでここでは身を謹んでるから、不運はそう湧いてこない感じだね。」


 人の分まで試練をこなす。それが本来の神性を示すすべなんだ。世界への滅私奉公みたい。自分を手伝うのは大変なのに……。




「ゴウの厄は、ピアが子供として生んでくれるからもう大丈夫だよ。」


「ピア……ピアは大丈夫か?」


「まさしく! それこそが彼女が呼ばれた訳! 厄を良いものに変えて産んでくれるんだよ。稀有な才能だ。」


「呼ばれた……。ここに……。生まれた子供は、怪物?」


「いいや、心配めされるな。言ってみればそう、救世主ですね。そばにいるだけで浄化される様なね。……君たちは八人産むだろう。それ以上は生まれない。」


「……それが厄の量の上限ですか?」


「言うなれば、運命だよ!」


 効果音を付けるように、竪琴を鳴らしながらオルペウスが言う。ヘルメスはゴウに向かって説明する。


「神が英雄たる優れた半神を産み、彼らが愛で世界を浄化する。稀有な乙女が救世主を産み、彼らが英雄の試練を助ける。稀有な乙女は厄を多く持つものと結ばれる運命だから、相手によって産む子供も決まっているんです。ここに神託の名前を紙に記してきたよ。子供が生まれる度、上から名前を付けてください。」


「分かった。」




 私は分からない。壮大すぎて。私がもしあの時に死んでいたら、ゴウはずっと忌まれ続けてたってこと? それとも別の運命の乙女と結ばれてた?


「ピア、子供8人。1人目がここに。」


「うん、そうだね。楽しみだね。」


 もしを考えてもしょうがない。私はここにいて、ゴウの子供もここにいるんだから。名前はミノタウロスじゃ、ない……よね?


 8人? ……12星座、オリンポス12神、十二神将、三貴神、七福神、戦隊ものは5人、美少女戦士はチビ抜いて9人、九曜、八曜? 八神将? ……牛だけに、八王子??




「そうだ、ピアちゃん。この島の名前はもう考えた?」


 オルペウスに声を掛けられて、私は名前を予想するのを止めた。


「あ、はい。……キグナスなんてどうでしょう。」


「はくちょう座。意味は? あるんだろ?」


「はい。はくちょう座は日本ではカササギで、ベガとアルタイルの架け橋なんですよ。アルタイルは本当は牛飼いですけど牛ってことで。ベガは天の神の子なんです。オルペウスさんも含めて、兄弟たちは神の子が多いでしょ? 牛と神の子、ゴウと兄弟たちを繋ぐ架け橋の島、なんてどうでしょう?」


「いいね、それ。頂きだよ! いい! ……でももう一曲! いいエピソードない?」




 実は思っていたことがある。ちょっとおこがましいとは思うけど。


「うーん。……恥ずかしいですけど。私……私は醜いアヒルの子なんです。」


「ピアは美しいよ。」


「ふふ。ゴウ、ありがとう。物語の話よ。日本にいた時の私はアヒルの子、他のひよこの中にいて違和感があったの。世界から拒絶されているような。……黒くて醜いって言われるのは我慢できたけど、異物扱いされるのは辛くて。」


 本当は受け止め方次第だったって気づいてる。自分自身が、ここは居場所じゃないって思ってたんだ。しかも逃げる方向が間違ってたって、今ならわかる。


「自分の世界を出て冒険しているうちにね、いつしかひよこは大人になってたの。大人の私はアヒルじゃなくて白鳥だった。違和感は種族が違うせいだった。醜いアヒルの子は、本当の仲間と一緒に空を渡り、幸せになったのよ。……ちょっと自分を美化し過ぎだけどね。」


「いや、いい! アヒルの子。いただきだね〜」


「ピア……。獣人、種族が違う……」


「ゴウ、違うの! そうじゃない! ……もちろん同じ種族の方が分かりあえることもあるし、別の種族を受け入れづらい現実もあるとは思う。種族……種類かな? 


個人主義の人、人と同じことがしたい人、一人で目立ちたい人、多数に埋もれたい人……そういう思想の種類。旅をしたい人と家から出たくない人は、一緒にいても幸せになれないでしょ? そういう種類のことなの。」


「ピア、旅したい?」


「旅は……してもいいけどずっとは嫌。でも沢山の人にずっと囲まれて暮らすなら、旅で移動してる方がいい。でも今みたいに普段はゴウと二人で、入れ替わるお客さんとお話して、たまに兄弟たちが会いに来てくれるのは、すごく居心地がいいの。私はデスクワークより海が合ってたみたい。」


「ピア、ここ好き? 僕といるの好き?」


「うん。ゴウのこともここの生活も大好きだよ。」


「ピア!」




 抱きつきに来ようとしたゴウは、急に立ち上がったヘルメスによって阻まれた。


「愛し合う白鳥と黒鳥。まさに物語のようですね。どうです? 2人目は私の子供を産みませんか?」


「駄目だ。帰れ。ピアは僕のだ。」


 慌てて出てきたゴウの肩に手を乗せ、笑いながらヘルメスが言う。


「おやおや、こちら風じゃないですね。夫があっても神の子を産むのが神話の常。……まあ私も、野暮はしませんよ。でもゴウ君、ここではピアさんが助けを求めるまでは、出て来ないんじゃなかったかな? 客と女将の軽口ですよ。」


「……分かった。」


 しぶしぶ戻って行くゴウに、竪琴をかき鳴らしながらオルペウスが歌うように言う。


「じゃ、キグナス島ってことで! ……もうすぐアルゴー船も到着するぜ〜仕込みがあるならやっちゃいな〜」


「分かりました。ではお二人はごゆっくりどうぞ。」


 二人のカップにお替わりを注ぎ、私たちは久しぶりに会う兄弟たちのために、昼食の仕込みに取り掛かったのだった。











+ + + + + + + +



キグナス……白鳥座







次回最終話です。1時間後に投稿します。




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