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16 ヘルメスと変装




 ドアの開く音に顔を上げたキュドーンは、目を輝かせて私を見た。そんな目で見られたのは生まれて初めてだった。


「やっぱり! 私の勘は正しかった! さあ、一緒に逃げましょう!」


 キュドーンを見下ろしながらヘラクレスが口を開いた。


「その体勢でよく言うぜ。リ」


「わーわー名前を呼ばないで! 私、この人にまだ名前を教えてないんです。」




 そう言ってからゴウに下ろしてもらうと、心得たようにテセウスとヘラクレスが私とゴウを隠すように前に立ってくれる。


「こいつ……迷宮に居たやつだよな。何でここに来た?」


「教えて差し上げよう! まず、牛と彼女が死んだにしては、残された血が少な過ぎました。それにあの夜の荷物は牛一頭分にしては小さ過ぎましたが、彼女が入っていたと思えば納得です。結論はこうです。3人で牛を食べて脱出した! 


しかしあの時、袋には血がありました。彼女が無理やり連れて来られた証拠です。これが身代わりの乙女、迷宮殺人事件の真相! これは殺人ではなく誘拐事件だったのです! 真相は常に一通り! 父上の名に掛けて!!」


 あー……キュドーン青年、ヘルメスの名に掛けちゃった……。半神のオーラゼロの推理だな……。やっぱりヘルメスも役だったのかな。


 でもまあ前半は結構合ってる。血はね、少ないとは思ったんだ。けど時間もなかったし浴室だから誤魔化せるかなと思ったんだよね。服に血を掛けた上で水をちょっと掛けてもらったから。テセウスが追加で調達してくれたらしいけど、それでも足りなかったか……。


 荷物はコーヒーと食料、潰れたトマト。テセウスの荷物は知らない。ハムかな? 牛は今、後ろに立ってるし、私は自分でここに着いてきた。真相はこれだ。キュドーンにすげえ魔法はない。でも迷宮は攻略したんだ。すごいじゃん。




「あなたのお父さんは流浪の旅人こと通称ヘルメス、お母さんはあのパーシパエですよね?」


「ええ?! そうなんですか?? 私は父をパーシパエ様の所に連れて来るようにと出立させられたんです。だから、今こそその時と思って船を追い掛けたんです。でもまさかパーシパエ様が母親だなんて……」


「岬で大声で叫んでましたから秘密じゃないようですよ。」


「そんな……私はずっと……。そうだ! 私と一緒にクレタ島以外のところに逃げましょう!」


 後ろから伸びてきたゴウの手を躱し、テセウスの横に立ってキュドーンに告げる。


「あなたと一緒には行きません。このテセウス様はアテナイの王子様なんです。だから私、彼と一緒に行きます。」


「そんな……」


「ところでグラウコスさんはどうなりました?」


「……牛とあなたが居なくなり、迷宮は閉鎖。警備をお役御免になって農夫に戻りました。」


「よかった! 咎めはなかったんですね?」


「咎めどころか予定がどんどん進んでご機嫌でしたよ……私は胸が潰れる想いで……」


「あ……。親切にしてくれて、死を悲しんでくれて本当にありがとうございます。私なんかのために、そんなふうに思ってくれる人がいるなんて、考えてもみませんでした。」


「じゃあ!」


「でも……私は愛する人を見つけてしまったんです。ごめんなさい、私はわがままなの。大切に思ってくれる人と一緒にいるより、自分が大切に思える人と一緒にいたいの。ここまで来てくれてありがとうございます。でもあなたとは一緒に行けません。」


 私がテセウスに頷くと、キュドーンが船から下ろされた。




 出港の時だ。船が動き出した時に、港に棒立ちのキュドーンの隣に誰かが立った。


「あ、ヘルメスさん!」


 オルペウスが声を上げると、その人物がこちらを見上げた。顔は帽子ではっきりしない。だけどケーリュケイオンぽい杖を持っている。


 あんなの持つから神ってバレるんじゃ……。役に成り切ってるとしたら、完璧コスプレなヘルメスだった。あちこちに翼のモチーフが付いてる。ギリシャらしく露出も多い。これ、身元隠す気ないよね……。


「叔父さん! その節はどうも! 最後で失敗しちゃいましたけど、ありがとうございました!」


 感謝を叫ぶオルペウスに、手を振るヘルメス。確か旅の神でもあったよね。私は手を組み、航海でのみんなの安全を願った。




 その時、帽子の縁を持ち上げたヘルメスが、こっちを見て笑った気がした。こちらに指を差す。私が首をかしげながら後ろを向くと、キュドーンのように棒立ちになったゴウがいた。


「ゴウ! どうしたの?」


「ピア、テセウスと行く……」


「あ……あれは! この先私がゴウと一緒にいることを、キュドーンにバレない様にするためだよ。大きい国に行くって言えば、キュドーンも探しにくいでしょ?」


「ピア、アテナイ行かない?」


「行かないよ。一緒に無人島で補給地を作るんでしょう?」


「……分かった。ピア、船出た。部屋戻る。」


「うん……」


 さっきのゴウの悲しそうな瞳を見た後じゃ、これは拒否できなかった。甲板中の誰もこっちを見ない。ゴウにドナドナされて行く私に、着いてくる人もいなかった。部屋の防音魔法が成功していることを祈るばかりだ。







 何度か島に寄港し、乗組員は息抜きや買い出しに行ったみたいだけど、私は部屋から出られなかった。借金はするものじゃありません。……私が預けて利子つけて返されたんだっけ?


 ゴウは食事を取りに行く度に「新婚だから」とか「覚えたてだから」とか、おかしな言い訳を教えられて戻ってきた。他にも色々教えを受けてきたらしい。


 防音が出来てなかったら、みんなと2度と顔を合わせられない。でもその防音魔法を知られてないせいで、みんなの指導に熱が入っているみたい。如何ともし難い。




 私が息も絶え絶えな日々を送る傍ら、衣装室の女物の服が増えていく。下着も揃っててサイズも合ってるところが、さすが歴戦の兄弟たちというかんじ。


 この服を着ろというのか……。未知との遭遇ですよこれ。着こなせる気がしないよ。やっとゴウの返済が済んで私が島に降りた時、洋服屋さんのお姉さんに色々相談した。そこでボディスとか寄せ上げ的なものを習った。


 この周辺は気候がよく、みんな服の襟ぐりが開いている。スカートも、王族のパーシパエはズルズルしたロングだったけど、町の人たちは膝下くらい。私は背が低いので、もっと長くなるけど。


 私は全然細くない。だけど古代ギリシャの絵の女性ってスリムじゃないよね。町の女性もみんなそんな感じだった。勇気が出る。贅肉を寄せ上げすれば、私にも谷間は結構ある。


 お財布係、テセウスの思う酒場の女性にはまだ足りないらしいが、寄せ上げアイテムは充実した。




 着こなしを習った後、部屋でメイクを研究する。元の顔は髪に隠れて、キュドーンにはほぼ見られてないようなものだ。それでも出来るだけ逆を行こう。あの人はなんだか……しつこそうな気がする。


 髪の色は変えるつもりはないので、魔法パーマを試みる。書いた眉が固定できるなら、カールも出来るはずだ。そして前髪も後ろ髪もアップにする。


 THE一重を二重にしたい。可愛くなるためじゃなく、変装のためというのがなんとも私らしくて、割と楽しく取り組めた。アイテープの代わりに魔法で二重を固定した。ほくろもリーカの時と同じ目尻と、プラス口元に書く。目線が分散すればいい。それならと、カールした横髪も垂らした。


 私の顔の仕上がりに、ゴウは無反応だった。まあ彼だけは顔を見慣れてるしね。




 目的地の無人島に着く日の朝、みんなに服と髪と固定メイクを初お披露目したところ、変装名人の称号をいただいた。これならば少年には見えないそうだ。


 餞別に私用のメイクセットを貰った。口紅が迷宮で目印に使ったものと同じだった。




 あの時は、終わったはずの人生が終わってなくて無気力だった。どうにでもなれという気持ちだった。牛と子作りという度肝を抜くミッションを課されなければ、あんなに早々に立ち直れなかったと思う。


 ゴウに合えてよかった。ゴウが牛でよかった。来たのがこの世界の、あの島でよかった。続きがあってよかった。終わってなくてよかった。


 私、死ななくてよかった……。











+ + + + + + + +



ヘルメス……隠れ子沢山、ご利益沢山の神




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