13 タロースと竪琴
ゴウが呼ぶと、直ぐにドアが開いてテセウスが入って来た。こいつ……覗くつもりだったな。
「なんだ、しないのか。俺が見張っといてやるよ? 俺の指導が活かされてるかどうか確認しようと思ったのにな。」
「覗きなんて趣味悪いですよ。でもまあ……ゴウを無事連れて来てくれてありがとうございました。」
「いいってことよ! 俺の弟だしな。この船にはヘラクレス、カストルとポリュデウケス、アスクレピオスにペレウスも乗ってるぜ。」
「みんな。」
「あ、確認するんだった。この船に、発起人のイアソンは乗ってないんですか?」
「あー……あいつな。目的地で急に、宝探しは中止だ、とか言い出して。船降りてどっか行っちゃってさ……。港に残された俺たちが困ってたら、メンバーの一人のオルペウスが竪琴をひいて歌いだしてさ。だから俺も一緒んなって歌って。そのうち剣舞をやり出すやつや、マストからマストへ飛び移るやつまで出てきて、いつしか観客が銭をくれるようになったんだよ。」
「なるほど……。ちなみにアルゴな50っていう名前は誰が付けたんですか?」
「誰だったかな。オルペウスかな。ちょっと覚えてないな。」
「そうですか……。オルペウスさんって、こと座の人ですよね。……吟遊詩人? 確かパーシパエにナイスなことを吹き込んだ吟遊詩人がいた様な……。転生者ですか?」
「あー……どうだろう。俺たちも、もう虚しくてさ。必要がない限り転生か転移か役かを確認しない様になってきてるんだ。」
「そうなんですか……。まあ確かに。役で言ったら私も、王妃パーシパエ役の次が少年役ですしね。」
「そういうことだ。……ヤらないならちょっと寝とけ。早朝に出港だ。」
「こちらの都合で船を出すことは、他のみなさんも了承されてるんですか?」
「ああ。一応朝にも確認はするが、居なかったら置いていくシステムだ。」
そういえばアルゴ座の神話でも、結構乗り遅れとか死亡して脱落とかあった気がする。
「シビアですね。……じゃあゴウ、寝ましょう。」
「お預け……」
「おい、ゴウ。金を借りたら利子を付けて返すもんだ。預かってるもんは増やして返せ。じゃあな!」
「テセウス……。余計な事を。」
「分かった。ピア、寝よう。」
「はい……」
テセウスが去って行く足音がしない。もしかして、覗きじゃなくて本当に見張ってくれてるのかも。……いいな、義兄弟の絆。私は本当の姉妹とすら、絆なんて築けなかったな……。
数時間後、船が動き出した。まだ朝靄の漂う早朝だ。確か神話では手漕ぎ船だった気がするけど、この船の動力はどうだろう。随分大きい船だ。
多分まだ湾から出てないであろうタイミングで、上の方が慌ただしくなった。
「ゴウ! 起きて! 兄弟の危機かもよ。」
「ん、起きる。」
目が開いた後のゴウは早かった。私を抱えて、一気に甲板に出る。ドアを開けると、顔に吹き付ける潮風と共に、目に入ったのは空飛ぶからくり人形たちだった。
「なんだありゃ?!」
テセウスとヘラクレスも出てきた。私は知ってるはずの情報を、必死に掘り起こす。
「あれは、確か……。ダイダロスが先祖の神……ヘパイストスの設計図で造った……、タロース!」
でも、空を飛ぶなんて話があったかな? イカロスの羽をタロースにも装着したとか?? まだ早朝だから、太陽が出てても羽が溶けてない。一体何をしに来たんだろう。
船が湾を出て、崖状の岬を通過しようとした時、そこから叫ぶ女性がいた。
「ちょっと、テセウス! 待ちなさいよ! せめて娘を連れて行きなさい!! 迷宮を早々攻略してくれたのはいいけど〜、娘との結婚はどうなったのよお〜?! 種蒔くだけじゃなくて連れて行きなさい!!」
私が編んだショールをしっかり掛けて、すごい形相で娘二人を連れて叫んでいる。……娘? パーシパエっていくつ? 娘デカ過ぎじゃない?? それより……。
「テセウスさん? 種蒔いたの?」
「えっ! いや〜……面倒な話を聞く前に、ちょっとだけね。」
バツが悪そうな好青年風は、あくまで風だったようだ。
そうこう言ううちに、タロースが船の帆に斬りかかってきた。
「うわぁ、まずい! おい、矢を射掛けろ!」
みんなが大慌てで船を守ろうとしている。思い出せ〜思い出すんだ私! あれは青銅のカラクリ。なのに弱点は――――
「テセウス、アキレス腱を! 踵を切ってください。射るのでもいいよ! オイルみたいなのが出れば倒せます!」
「踵か! 的が小さいな。おい、みんな! 踵を狙え!」
みんなが矢を放ちまくってるのをハラハラして見ていると、ふと後ろに気配を感じた。振り返ると海面辺りから、ぬーっとタロースが一体上昇してきた。
「!?」
悲鳴を上げるのを堪える。タロースが女性を抱えていたからだ。
「……もしかして、アリアドネー? 本当にあそこにいるパーシパエの娘なの〜?」
なんとなく他のタロースには聞こえないように。でも遠いから小声は無理で。間延びした不思議なやり取りが続く。
「役です〜アリアドネー役〜! 娘じゃありませ〜ん!」
「クレタ島から出たい〜? 隣の島に降りる流れだったと思うけど〜?」
「こんな島いたくありませ〜ん! 乗せてくださ〜い! ちゃんと次の島で降りて〜ディオニュソス役の人を探しますから〜」
「わかった! ちょい待ち!」
そうとなったら話は早い。戦闘終了のお知らせだ。
「テセウス! 一人だけ隣の島まで連れて行けば丸く収まるよ! 本人とは話がついてるから、許可くださ〜い!」
「……分かった。」
「聞こえな〜い!」
「許可する!」
「了解!」
私はアリアドネーを抱えたタロースを見る。話が通じるかな……。ちなみにゴウはずっと黙って私を抱き上げています。
「タロースさん、アリアドネーをここに降ろしてください。暴れないでね。」
かすかに頷くような素振りを見せて、そのタロースは羽ばたいて甲板に降り立つ。そっとアリアドネーを降ろすと、戦闘には参加せず、岬へ飛んで戻って行った。知性的だ。
それを見て、数体に減った他のタロースたちも岬に戻る。凄い高性能兵器だな。静かになった甲板。数体のタロースが波間に浮いている。帆は無事だ。陽動だったのかもしれない。
そこへパーシパエが高笑いを響かせた。
「私のもとには既にヘルメスとの子、キュドーンがいて、後はゼウスを招来するばかり! アリアドネー! 上手くやるのよ〜!!」
マ、マジですか? キュドーンの母なの?? パーシパエ……美魔女だった。
つまり流浪の旅人である父はヘルメスだったってことだ。っていうかヘルメスって、本物の?? キュドーンは半神って感じもなく、割と普通だったけどな。魔法も風だけ……あ、パーシパエと同じだ。珍しい魔法が同じって、やっぱ親子なんだな。
神の子は半神。半分じゃすげえ魔法は使えない? 神と交わってパーシパエは魔法を授かったの? 転生者だから元々持ってた? 色々聞きたいけど、岬はもう声も聞こえない程に遠ざかっていた。
「何? ヘルメスさん来てるの?」
竪琴を持ったチャラそうな兄さんが、プラプラとこちらにやってきた。
「ああ、こいつがオルペウス。こっちは俺の弟弟子とその弟。」
テセウスが紹介してくれる。
「……」
「初めまして。」
「いや〜見事に白と黒だね。1曲作れそうだ。」
竪琴をかき鳴らしながら、私達の周りをぐるっと回ってオルペウスが言った。
「あ、止めてください。あの高笑いしてる女性から逃げてる所なので。」
折角の死んだ振りハムの振り作戦が、台無しになっちゃうのでご遠慮願う。
「いいね、ストーリー性あるね〜。……まあそういう事なら止めとこう。危ない物には触らないタチなんでね。ところでキュドーンとかいうやつのこと、知ってるの?」
「普通の……青年でしたね。父母のことはよく知らなさそうでした。迷宮で見張り兵をしてましたよ。」
「正体を知らないのか……。ヘルメスは俺の叔父さんなんだよね。ちょっと前に世話になってお礼できてなかったから、できたら会いたくてさ。」
「あなたは……本当にアポロンの息子なんですか? 役じゃなく??」
「さあ、役かもね。実父じゃないのかも。でも親父とヘルメスさんは兄弟として付き合ってたし、俺が世話になったのも本当だからさ。」
「黄泉下り、の時に、ですか?」
「ヨミ。東じゃそう言うのかな。君詳しいね……」
じっとオルペウスに見詰められる。しまった……星座関係者だと思ったらつい、突っ込んだ質問をしてしまった。
「見るな。」
ゴウに包まれる。そういえば抱っこのままでした。
「おやおや、兄弟愛かい? そそるな〜」
そう言ってオルペウスは、竪琴をかき鳴らしながら去って行った。悪いこと聞いちゃったかもしれない。
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タロース……青銅製の自動人形