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12 ブフォニアと牛頭(side Go)




 ピアがテセウスに連れて行かれた。寂しい。今まで、牛の姿でも人の姿でも泣いたことはなかったのに、さっきは涙が出た。




 ギリシャ神話のクレタ島のミノス王は、牛に変身したゼウスの子供らしい。そのゼウスの姿がおうし座になったと聞いた。興味があって捕まってみたが、実際には妻の言いなりの、ミノス役のただの人間だった。


 ゴウ一人ならいつでも逃げ出せた。だが、嫁が来ると言われて待ってみた。そして小さくて、ボサボサの髪のピアが来た。


 「おいで」と言われて嬉しかった。飯を食わせてくれた。人に変身しても逃げられなかった。嫁になってくれた。だからもう親はいなくてもいい。


 兄弟も沢山いる。カイロンとテセウスは頭が良かった。ゴウ以外はみんなすごかった。みんなゴウを守ってくれた。だから……


「僕もピアを守りたい。」




 牛のまま朝を迎える。ピアが置いてくれた皿から朝飯を食う。日が昇るまで暇だ。今まではこんな時、賢者と兄弟とのことを思い出していた。今思い出すのはピアとのことだけだ。


 風呂と寝る時以外、下を向きがちなピアの目は髪に隠れている。ゴウを見つめる黒い瞳。


 ここの人間は大抵、茶の髪に茶の目だが、獣人は獣の時と同じ色になる。ピアの瞳はゴウと同じ黒。


 愛おしいピアの瞳。だが、星を見る時のピアの目は嫌いだ。どこか遠くを見つめていて、ゴウを置いて行ってしまいそうな気がする。




 ここがギリシャでもニホンでもそれ以外でも、ゴウにとってはどうでもいい。王妃が追手をかけるなら大陸に逃げてもいい。獣人だとバレるとピアに迷惑がかかるかもしれないが……。


 だからどれ程熱心に誘われても、カイロンにはついて行かなかった。でもピアとは離れない。


 兄弟たちは女を次々変えたが、ゴウにはピアだけでいい。だけど……兄弟たちがあんなにも女と寝たがる理由は分かった。いつでも何度でもしていたい。


 獣人なので体力はある。だが小さいピアが壊れそうで、思うままにはできない。昨日のお預け。預かった分はいつ返そうか。




 やっと日が高くなった。昼の皿を食べる。トマトのパスタだ。ピアの飯は上手い。不思議な白いチーズが入っていた。ピアの魔法も不思議だ。レンガを切ったりトマトを育てたり。……少しカイロンの魔法と似ている。


 湧き水を飲んで、水溜りに皿を落とす。食べたら片付ける。ピアのルールだ。




 やっと出口に行く時間になった。着けばこの前同様、グラウコスが挨拶してくれる。


「おう、牛! 娘っ子はまた頭痛か。……まさかお前、無体を働いたりしてねえだろうな。」


「口にトマトが付いています。拭いてもらえない程、彼女の具合は悪いのですか?」


 パスタのトマトが付いていたらしい。二人は首から瓶をはずして、今日もキスマークに笑い、粉乳に喜び、食材を籠に入れてくれた。


「娘っ子によろしくな!」


「今日はハーブも入れてあります。紅茶と同じ様に飲んでください。」


 ゴウが言葉を分かることは知らないだろうが、なぜかしきりと話し掛けてくる。そういえばピアも最初から話しかけてきた。この島には不思議な人間が多い。……だがこの二人には悪いが、今日でお別れだ。ゴウは中庭に戻った。




 昨夜ピアを船に置いた後に戻って来たテセウスの言う通りなら、今頃ヘラクレスが「牛退治をさせろ」と出口に来る頃だ。兵士の二人は、ピアが昨日頼んだから追い返すはずだ。


 ヘラクレスも賢者の所の兄弟弟子の一人だった。心配して迎えに来る事はあっても、ゴウを殺す事はない。……そのことはピアに教えたんだったか?




 薄暗くなり、開けてある浴室の扉から中に入る。人に戻り籠を外す。服が外だった。また牛になって取りに行く。ピアとのルールを守って、外では人にならない。それも今日までだ。


 浴室に血を撒く。生肉からピアが分離したものだ。後でテセウスが追加で持ってきたものも撒く。そして荷造りしてある荷物に、今日の食材を足す。




 日が落ちた。もう行きたい。でも月が上るまで待つのがテセウスとの約束だ。頭に布を巻く。




 時間だ。荷物の重さなど無いようなもの。木を登って壁の外に着地する。外には馬2頭とテセウスが待っていた。


 馬に乗り、駆け出そうとしたその時、暗闇から声を掛けられた。


「誰だ?! まさか中の人に夜這いを掛けに来たんじゃないでしょうね。あの人は昼間来たヘラクレスというやつを避けたがっていました。だから見張っていたんです。まさか無理やり押入ろうとしてるんじゃないですよね。」


 こいつはキュドーンか。いつも怪しいと思っていたが、やはりピアに惚れているのか?




 テセウスが答える。


「中の人……女性は牛に食われた様だ。だからこのテセウスとヘラクレスが牛を成敗した! 肉は貰っていく!」


 そういえばテセウスも大きな荷物を背負っている。


「荷物のそのシミ……血ですか。昼に牛の口に付いていたのも、トマトではなく……くそっ!」


 どちらもトマトだった。今日の配給のトマトが、荷物の中で潰れたようだ。ランタンではよく見えないのだろう。酷くうなだれ膝を付いたキュドーンを見て、テセウスが言った。


「じゃあな!」


 駆け出したテセウスに、ゴウも続く。




 しばらく無言で駆けて、港近くの貸馬屋に馬を返す。


 テセウスに連れられ乗船すると、薄暗い部屋で待っていたのはピアだった。服を着ているのに目が見える。ピアと目が合った。


「お帰り、ゴウ! 無事で良かった……」


 ピアはいつかのように泣いていた。目から涙が溢れるのが、今日はよく見える。ゴウの目からも涙が出た。ここは家じゃないが、ピアの居る所がゴウの帰る所だ。


「ただいま、ピア。会いたかった。」


 パタンと後ろで扉が閉まった。本当にあの兄弟は、いつも気が利く男たちだった。ゴウは思い切りピアを抱き締めた。




「痛たたた、ゴウ! キツい、苦しい。」


「ごめん。でも会いたかった。」


「うん私も……。あ、ここでは私は僕なの。少年の変装をしてるつもりだったんだけど、ゴウはすぐに分かったね。」


「服を着てない時、ピア、前髪ない。」


「あ、うん。そうだね……。ここでの名前はリーカ。ピアって呼ぶのは二人きりの時だけね。」


「分かった。」


「私はゴウの弟って設定なの。いいかな? この船にヘラクレスさんも乗ってるんだよ。他にも兄弟が乗ってるかも。」


「ヘラクレス、協力してくれた。」


「昼間思わせぶりに迷宮を訪ねて行ってくれたんでしょ? それなら夜に侵入して牛退治しても、信憑性が出るよね。さすが策士テセウス!」


「ピア……テセウス好きになった?」


「そうだね。最初はゴウと私たちの子供を殺す殺人者と思ってたからね。そうじゃなくて結構いい人ってことはわかったよ。」


「テセウスと寝る?」


「え? 違うよ、寝ないよ、そういう好きではないよ!」


「本当?」


「ほんと。ゴウだけだよ。ゴウだけいればいい。……子供が出来たら子供もね。」


「よかった。テセウス、約束守った?」


「あーうん。守ったよ。そういう意味では触られてない。」


「テセウス、ピア触った?」


「だ、だって、テセウスが私を抱えて走って港まで来たんだよ。触ってるよ。」


「そうか……。我慢する。」


「うん。そうしてね。――――ここ、衣装部屋だけど片付けたから居心地いいでしょ? 夜も遅いからもう寝よう。あ、今日もお預けだからね。兄弟でしてたらマズいでしょ?」


「……わかった。2日分、預かる。テセウス、入って来て。」


 呼んだらすぐに扉が開いた。











+ + + + + + + +



ブフォニア……判決、牛殺しの犯人は斧




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